世界遺産NEWS 16/01/23:ICOMOS、世界遺産の審査過程を変更
1月23日の読売オンラインによると、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)が世界遺産の審査過程の一部を変更したということです。
その内容を検証してみましょう。
■世界遺産「密室審査」を見直し…ユネスコ(YOMIURI ONLINE)
現在、世界遺産の登録プロセスは以下のような手順を踏んでいます。
- 世界遺産条約を締結する
- 県や市町村といった自治体が政府に世界遺産登録を希望する。日本では、文化遺産は文化庁、自然遺産は環境省と林野庁が管理している
- 政府は今後5~10年で登録が可能な物件をUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の世界遺産センターに推薦し、各国の「暫定リスト」に記載する
- 暫定リスト記載の物件で準備が整ったものについて、登録推薦書をユネスコ世界遺産センターに提出する。ただし、推薦できるのは1か国2件までで、2件の場合、1件は自然遺産か文化的景観でなければならない
- 文化遺産はICOMOS、自然遺産はIUCN(国際自然保護連合)、複合遺産は両者が現地調査を含む調査を行って「評価報告書」を作成する。その際「登録・情報照会(追加資料の提出で再審査が可能)・登録延期(物件の構成を再考し推薦書を再提出)・不登録」のいずれかの勧告を行う
- 評価報告書と勧告をもとに、世界遺産委員会で「登録・情報照会・登録延期・不登録」のいずれかの決定を行う。不登録が決まった場合、その物件の再推薦は認められない
世界遺産を目指す物件の調査を行っているICOMOSは文化遺産保護に関わるNGO(非政府組織)で、世界各地の専門家と太いつながりを持つプロ集団です。
それに対して世界遺産委員会は任期6年(実際は自主的に4年に短縮運用)の21か国の代表で構成されており、基本的に専門家ではありません。
このため登録の可否を決めるにあたってICOMOSの評価報告書が大きな影響を与えることになります。
実際に、ICOMOSが登録の勧告を行って登録されなかった例はほとんどありません。
ただ、情報照会以下の勧告が覆されて逆転登録されることはしばしばあったりします。
ICOMOSの評価書はだいたい以下の手順で作成されています。
- 2月1日まで:各国がUNESCO世界遺産センターに登録推薦書を提出
- 夏:ICOMOSが現地調査
- 秋~冬:調査結果をもとに、ICOMOSで内部会議を開催して評価報告書を作成
- 翌年4~5月:評価報告書を世界遺産センターに提出
- 翌年6~7月:世界遺産委員会で登録の可否が決定
夏の現地調査はひとりの調査官が担当します。
イコモスは本部-地域-国内委員会で構成されていますが、日本の物件に関して調査官はアジア・太平洋地域から派遣されることになっています。
そして11月以降に開催される冬の内部会議で現地調査を含めた調査結果の報告を行い、評価報告書を作成します。
これらの過程は非公開で、その不透明さが批判されていました。
そこで、この内部会議に登録推薦書を提出した推薦国の代表が出席し、意見交換の場を設けるというものであるようです。
読売新聞のニュースでは、今年の7月にトルコのイスタンブールで開催される第40回世界遺産委員会で登録を目指す「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」についても「適用される」としていますが、そうなるとすでに内部会議が開催されて、日本の代表が参加したことになりますね。
どうなんでしょう。
ICOMOSの評価報告書や勧告についてはこれまでも多くの問題点が指摘されてきました。
まず、ICOMOSは先述したように世界遺産委員会のメンバーと違って文化遺産の専門家です。
たとえば日本の「石見銀山遺跡とその文化的景観」は「登録延期」の勧告を受けましたが、2007年の世界遺産委員会におけるロビー活動が奏功して逆転登録に成功しました。
しかし、そもそも専門家の評価が政治的な理由で覆されてもよいのでしょうか?
一方で、ICOMOSでも現地調査を行うのはたったひとりの調査官にすぎず、時間も能力も限られています。
その調査官も日本文化の専門家とは限りませんし、仮に日本文化の専門家であるとしても江戸時代の専門家であるかわかりませんし、江戸時代といっても銀山や産業の専門家ではないでしょう。
それに対して日本には江戸時代の銀山や産業の専門家がいて、推薦の過程でそうした専門家の意見も聞きながら時間をかけて推薦書を書いているわけです。
それなのに、ICOMOSの数人の意見だけで評価されてよいのでしょうか?
今回の決定で、より専門的で多様な意見がICOMOSの内部会議に反映されることになるかもしれません。
しかし、ICOMOSに政治的な影響力が持ち込まれる可能性も高まるわけです。
歴史や文化を評価するためにはひとつの基準が必要ですが、基準は時代や文化の価値観によって異なります。
絶対的な価値観というのはありえないように思えるのですが、世界遺産条約はそもそも「顕著な普遍的価値 "Outstanding Universal Value"」を持つ文化遺産や自然遺産を永遠に守ろうという活動であると定義されています。
ですから「文化遺産や自然遺産をいかに評価すべきであるか」という問いは、世界遺産活動を進めるにあたって避けられないテーマです。
大げさに言えば、人類はその不可能に思える大きなテーマに向かって日々進化しなければならず、今回の変更もそのひとつの試みである、ということなのかもしれません。
今回の変更に関してわからないことがたくさんあります。
続報があったらお伝えしたいと思います。
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