世界遺産NEWS 15/05/08:「明治日本の産業革命遺産」勧告詳細
「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」について、ICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)が「記載」勧告を行ったことは前回の記事の通りです。
今回は勧告の内容について紹介したいと思います(内閣官房の報道資料「我が国の推薦資産に係る世界遺産委員会諮問機関による評価結果及び勧告について」より)。
まずは構成資産です。
この世界遺産候補は8県23の資産からなるシリアル・ノミネーション(複数の地域の資産を一括して登録すること)となっています。
○萩エリア(山口県萩市5件)
- 萩反射炉
- 恵美須ヶ鼻造船所跡
- 大板山たたら製鉄遺跡
- 萩城下町
- 松下村塾
○鹿児島エリア(鹿児島県鹿児島市3件)
- 旧集成館
- 寺山炭窯跡
- 関吉の疎水溝
○長崎エリア(長崎県長崎市8件)
- 小菅修船場跡
- 第三船渠
- ジャイアント・カンチレバークレーン
- 旧木型場
- 占勝閣
- 高島炭坑
- 端島炭坑
- 旧グラバー住宅
○八幡エリア(福岡県北九州市1件、福岡県中間市1件)
- 官営八幡製鐵所(旧本事務所・修繕工場・旧鍛冶工場)
- 遠賀川水源地ポンプ室
○三池エリア(福岡県大牟田市+熊本県荒尾市1件、熊本県宇城市1件)
- 三池炭鉱、三池港(宮原坑・万田坑・専用鉄道敷跡・三池港)
- 三角西港
○佐賀エリア(佐賀県佐賀市1件)
- 三重津海軍所跡
○韮山エリア(静岡県伊豆の国市1件)
- 韮山反射炉
○釜石エリア(岩手県釜石市1件)
- 橋野鉄鉱山・高炉跡
まず、ICOMOSは名称を「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」から以下に変更することを示唆しました。
- 明治日本の産業革命遺産製鉄・製鋼、造船、石炭産業
そしてその顕著な普遍的価値について、下記のように評価しています。
「顕著な普遍的価値 "Outstanding Universal Value"」とは、世界遺産が持つ全人類に共通する傑出した価値で、この価値を守るために世界が一丸となって世界遺産の保護活動を進めています。
九州・山口地域を中心とする一連の産業遺産群は、西洋から非西洋国家に初めて産業化の伝播が成功したことを示す。19世紀半ばから20世紀初頭にかけて、日本は製鉄・製鋼、造船、石炭産業を基盤に急速な産業化を達成した。一連のサイトは1853年から1910年までのわずか50年余りという短期間でこの急速な産業化が達成された3つの段階を反映している。
第一段階は、1850年代から1860年代前半にかけての幕末期で、製鉄や造船の試行錯誤期であった。国防、特に海外からの脅威に対する海防を強化する必要から、各藩が西洋の技術書や西洋の事例の模倣により(直接ではなく)二次的に知識を得て伝統的な匠の技と組み合わせ、産業化を進めた。
第二段階は、明治時代に入ってからの1870年代前半で、西洋技術及びそれを実践するための専門知識を導入した時期である。
最終段階である明治後期(1890~1910年)の第三段階は、国内に専門知識が蓄積され、西洋技術を積極的に改良して日本のニーズや社会の伝統に適合させることにより、本格的な産業化が達成された。
非西洋国家で世界初となる産業革命であり、わずか50年という短期で成立したもので、それゆえ顕著な普遍的価値を有し、完全性および真正性も満たすと評価しています。
なお、「完全性 "Authenticity"」とは、その遺産の価値を証明する要素がすべて含まれていて、それが法体制や管理体制などによって十分に保全されていることを示します。
「真正性 "Integrity"」とは、文化遺産の形状やデザイン・材質・用途・機能・管理・精神などが本来の価値をそのまま正しく伝えられていることを表しています。
重要部分が欠けていたり、本来の姿を棄損する形で修復されていたりしてはいけないということです。
登録基準について、(ii)と(iv)については認められましたが、(iii)については正当性が証明されていないとされました。
ちなみに登録基準は以下になります。
- (ii) 一定の期間、または世界のある文化圏において、建築・技術・記念碑・街並み・景観デザインの発展において、人類の価値の重要な交流を示しているもの
- (iii) 現存する、またはすでに消滅した文化的伝統や文明に関する唯一の、あるいはまれな証拠を示しているもの
- (iv) 人類の歴史の重要な段階を示す建築物、建築様式、技術集合体、または景観の顕著な例といえるもの
(iii)が適用されない理由は以下です。
徳川時代の文化、新たな産業文化とも、これら文化的伝統の特徴が、サイトにより表現されるものとして明示されていない。また、「文化的伝統」は、重要ではあるが、産業の発展の主たる推進力とは考えられない。したがって、評価基準(iii)の正当性は証明されていない。
資産に与える影響と保全について下記のように指摘しています。
軍艦島(端島)については長期的視野に立った保全状況の改善が必要とされているようです。
以前から指摘されていましたが、軍艦島のビル群の倒壊が懸念されており、この補修には莫大な費用がかかることが見積もられています。
- 資産に対して考えられる主な脅威は、訪問客、インフラの開発、一部構成資産における不十分な保全である
- 資産の保全状況は概ね適切だが、端島炭坑については緊急の保全措置及び長期的な保全戦略が必要であり、資産全体及び各サイトについて優先順位を定めた保全計画が必要である
- 資産の全体的な管理体制は機能しているが、新たな枠組みの有効性をモニタリングすることや、スタッフの人材育成プログラムを実施することに留意すべきである
そしてICOMOSは以下の点について配慮を行うことを勧告しています。
- 端島炭坑について、優先順位を明確にした保全措置の計画を策定すること
- 推薦資産及びその構成資産に関する優先順位を付した保全措置の計画及び実施計画を策定すること
- 資産への悪影響を軽減するため、各構成資産における受け入れ可能な来訪者の上限数を定めること
- 推薦資産及びその構成資産の管理保全のための新たな枠組みの有効性について、年次ベースでモニタリングを行うこと
- 管理保全計画及び地区別保全協議会での協議事項・決議事項の実施状況について、年次ベースでモニタリングを行うこと
- 各構成資産の日々の管理に責任を持つあらゆるスタッフ及び関係者が、能力を培い推薦資産の日常の保全、管理、理解増進について一貫したアプローチを講じられるよう、人材育成計画を策定し、実施すること
- 推薦資産に関する説明(インタープリテーション)の計画を策定し、各構成資産がいかにOUVに貢献し産業化の1又は2以上の段階を反映しているかを特に強調すること。また、各サイトの歴史全体についても理解できる計画とすること
- 集成館及び三重津海軍所跡における道路建設計画、三池港における新たな係留施設に関するあらゆる開発計画及び来訪者施設の増設・新設に関する提案について、「世界遺産条約履行のための作業指針」に沿って、審議のため世界遺産委員会に提出すること
これらを2018年の第42回世界遺産委員会で審議するため、2017年12月1日までに上記に関する進捗状況の報告を世界遺産センターに提出するよう推奨しています。
世界遺産に登録できたとしても、課題を突きつけられた形です。
そもそも、世界遺産は各国の重要な遺産を世界遺産リストに登録するための活動ではありません。
登録された世界遺産を永久に守るための活動であり、当該国は自国の世界遺産を守る義務を課せられます。
以前から懸念されていたのに抜本的な解決策が見出せていない軍艦島について指摘されていますし、稼働中の工場が稼働を止めるときどのような扱いになるのか心配です。
これらに対して6月28日~7月8日に開催される第39回世界遺産委員会でどのような回答を示すのか、注目したいところです。
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