世界遺産と建築18 イスラム建築3:イスラム装飾
シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」では世界遺産を通して世界の建築の基礎知識を紹介します。
なお、本シリーズはほぼ毎年更新している以下の電子書籍の写真や文章を大幅に削ったダイジェスト記事となっています。
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第18回はイスラム建築の装飾を紹介します。
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<イスラム装飾>
■ムカルナス
鍾乳洞に垂れ下がる鍾乳石を模した装飾が「ムカルナス」です。
もともとはドームやヴォールト、アーチの下にさらに半ドームやアーチをかけて重さを分散するために使われていたもので、特に丸いドームを四角形の部屋に架ける際にドームの下に置いたスキンチ(入隅迫持/トロンプ)として用いられていました。
これが装飾として発展し、シャンデリアのような繊細華麗なムカルナスとなりました。
スキンチについては「世界遺産と建築08 ビザンツ建築」を参照してください。
一見したところ非常に複雑ですが、複数の幾何学図形の繰り返しであることが多く、ハチの巣のようなハニカム構造を持つものもあります。
ムカルナスはドームの窓やイーワーンの開口部で用いられることが多く、それらから入り込む光がムカルナスの複雑な陰影を描き出すような演出が施されています。
■多彩なアーチ、ポリクロミア
イスラム建築のアーチは多彩でキリスト教建築ではあまり見られない型も少なくありません。
こうしたイスラム建築特有のアーチはキリスト教徒から「サラセン・アーチ」と呼ばれていました。
ペルシアやトルキスタン、その影響下にあるインドでよく見られるのが四心アーチなどの扁平な尖頭サラセン・アーチです。
同地のイーワーンの多くは尖った尖頭を持ち、平たく肩がなだらかなこうしたアーチが用いられています。
マグリブ建築(リビア以西の北アフリカのイスラム建築)やムーア建築(イベリア半島のイスラム建築)ではしばしば馬蹄形アーチや多弁アーチが見られます。
オジー・アーチはアーチの弧が反転した尖頭アーチで、ムガル建築でよく見られます。
インド型・ムガル式モスクの屋根にしばしば見られる平たいオニオン・ドームはオジー・アーチを回転させたものです。
アーチは切石やレンガで架けられますが、マグリブ建築やムーア建築などではしばしば白大理石と色大理石、あるいは大理石と砂岩など異なる色の素材を用いてストライプを描く「ポリクロミア」が採用されました。
ポリクロミアは装飾であるだけでなく、大理石など貴重な素材の使用量を減らす目的もありました。
ポリクロミアはイタリアなど南欧や中欧のキリスト教建築でもしばしば見られますが、ムーア建築の影響といわれています。
■アラベスク、イスラミック・カリグラフィー
『旧約聖書』の偶像崇拝の禁止を文字通りに受け取って、人や動物の彫刻や絵を厳格に禁じているイスラム教では幾何学図形や草花文様を連ねる装飾が発達しました。
「アラベスク」です。
アラベスクでは図形や草花のパターンが繰り返されていますが、制作者が変わっても真似しやすいように、美しいだけでなく数学的に計算されたものでした。
文字をアラベスクのように装飾文様化したのが「イスラミック・カリグラフィー」です。
『コーラン』が他の宗教の聖典と異なるのは、一般的な聖典は人間が書いたものであるのに対して、『コーラン』は天使ジブリル(ガブリエル)が預言者ムハンマドにアラビア語で語りかけた神の言葉を記したものであるという点です。
そのためイスラム教徒は母国語でなくてもアラビア語を習うのですが、イスラミック・カリグラフィーではこの神の言葉をそのまま装飾化してモスクを飾っています。
■スタッコ、彩釉タイル、モザイク、象眼
建築において、アラベスクやイスラミック・カリグラフィーはさまざまな形で装飾に取り入れられています。
一例が「スタッコ(化粧漆喰)」です。
スタッコは石灰などからなるセメントに水と細かい砂を加えたモルタルを塗りつけて形を整えたもので、粘土のように形を整えて色を塗って使用しました。
陶磁器に絵を描いて焼き付けたタイルを「彩釉タイル」といいます。
よい土や顔料が採れるペルシアやイベリア半島では陶磁器が名産品で、アラベスクを描いた彩釉タイルが盛んに作られました。
スペインやポルトガルのアズレージョやトルコのイズニック・タイルなど、各地に名高い彩釉タイルがあります。
陶磁器を砕いた欠片や宝石やガラス・貝殻などの小片を貼り合わせて描いた絵や模様を「モザイク画」といいます。
イスラム圏では人物が描かれなかったため、絵画的で色が淡くなるフレスコ画(生乾き状態の漆喰に顔料で描いた絵や模様)は発達せず、色が退色しないモザイク画が好まれました。
大理石を削ってそのスペースに宝石をはめ込むなど、素材を削って別の素材をはめ込む装飾技法を「象眼(ぞうがん)」といいます。
象眼細工はメソポタミアで誕生してイスラム圏で発達し、石に石をはめ込むだけでなく、木に木を合わせるなど(木象眼)さまざまな素材で行われました。
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シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」、第19回からはヒンドゥー教建築を紹介します。