世界遺産と建築12 バロック&ロココ建築
シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」では世界遺産を通して世界の建築の基礎知識を紹介します。
なお、本シリーズはほぼ毎年更新している以下の電子書籍の写真や文章を大幅に削ったダイジェスト記事となっています。
■電子書籍『世界遺産で学ぶ世界の建築 ~海外旅行から世界遺産学習まで~』
1.古代、ギリシア・ローマ、中世編 2.近世、近代、現代編
3.イスラム教、ヒンドゥー教編 4.仏教、中国、日本編
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第12回はバロック建築の基礎知識を紹介します。
バロック建築の特徴の一例は以下です。
- 楕円や長方形、曲線・曲面、不均一を用いて動的で劇的な演出を行っている
- 平たく安定した重厚な意匠を持つ
- 隙間がなく、建築と装飾が一体化している
また、後半ではロココ様式、コロニアル・バロック様式なども紹介します。
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<バロック建築>
■教会建築から宮殿建築へ
近世に入ると諸侯や騎士といった貴族階級や大司教や司教といった教会勢力が没落し、国王と都市が大きな力を持つようになります。
ひとつの理由が商業で、11世紀以降の商業ルネサンス(地中海貿易や北海・バルト海貿易の隆盛)や15世紀以降の大航海時代に商業が飛躍的に拡大し、金融業や毛織物業・工業・商業を担う都市の資本家たちが貴族以上に豊かになりました。
国王はこうした都市やギルド(職業組合)に自由を与えた代わりに税を納めさせ、世界規模の貿易については東インド会社や西インド会社を設立して独占しました(重商主義)。
追い打ちをかけたのが戦争です。
14~16世紀に百年戦争やイタリア戦争といった国家間の大きな戦争が勃発し、16~17世紀には宗教改革から国同士の宗教戦争へと発展しました。
相次ぐ戦争で地方は荒れて貴族が衰える一方で、他国に対抗する必要から中央集権が進められ、国王を中心とした国家体制が整えられました(主権国家)。
富と権力が国王に移動すると、建築についても王宮や離宮といった宮殿建築が発達しました。
宮殿は国内の貴族や他国の王たちを圧倒するほど巨大かつ豪奢に建造され、天井から壁・絵画・彫刻・家具・調度品・庭園まで余すところなく装飾されました。
こうして「バロック様式」は国家の莫大な富を背景に、あらゆる芸術が一体化した総合芸術へと展開していきます。
その嚆矢(こうし)となったのがフランスのヴェルサイユ宮殿※で、各国の王家はヴェルサイユ宮殿をまねて競うように豪壮な宮殿を建設しました。
※世界遺産「ヴェルサイユの宮殿と庭園(フランス)」
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■バロック様式
「バロック」がポルトガル語の "Barocco"(歪んだ真珠)に由来するように、バロック様式では楕円や長方形・不均一をベースとし、これらをコントロールすることで動的で劇的な効果を生み出しました。
ローマ・カトリックの総本山サン・ピエトロ大聖堂※を見るとその効果がよくわかります。
大聖堂前のサン・ピエトロ広場は楕円形で、緩やかにカーブしたコロネード(列柱廊)が取り囲んでいます。
大聖堂のドームは楕円を回転させた長球で、その下の屋根には11人の使徒像が間隔を変えて並んでいます。
ファサードはギリシア・ローマ以来の基壇・柱・梁・ペディメントというオーダーを崩して柱が下から上まで貫く「ジャイアント・オーダー」を採用し、柱の間隔は不均一、外側の柱は四角形で壁に埋め込まれているのに対し(ピラスター/付柱)、内側の柱は円形でせり出しています。
教会の顔となる三角破風のペディメントは小さく、位置も頂部から屋根の下ほどに下げられています。
ヨーロッパ各地で国王の力が増していく中で、王を指名する教皇と教皇庁はローマ・カトリックの盟主としてその座に留まろうとしていました。
※世界遺産「バチカン市国(バチカン)」
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■バロック総合芸術
典型的なバロック空間がヴェルサイユ宮殿※の「鏡のギャラリー(鏡の回廊/鏡の間)」です。
平面73.0×10.5m・高さ12.3mという広大なホールで、17の半円アーチからなるアーケードと17枚の大鏡が向かい合わせになっています。
巨大な天井画にはルイ14世が描かれており、天井から床までスタッコやカルトゥーシュ、レリーフ、彫刻、鏡、絵画、シャンデリアなどでくまなく装飾されています。
このようにバロックは建築と装飾が一体化した総合芸術を特徴としています。
■バロック庭園
バロック庭園ではイタリア式庭園の演出をさらに強調しています。
中央の噴水や池泉、カスケード(階段滝)はさらに大きく置かれ、野外劇場やグロッタ(人工洞窟)、迷園(立体迷路)といった演出がより大胆に構成されるようになりました。
こうした演出のためシンメトリーが崩れることもいとわず、バロックらしい動的で劇的なデザインとなっています。
なお、フランス式庭園(平面幾何学庭園/フランス・バロック庭園)もバロック庭園の一種と捉えられることがありますが、本シリーズでは新古典主義/歴史主義建築の章で紹介します。
■ロココ様式
後期バロック様式の中で、バロックの装飾を極限まで突き詰めつつ、重厚さよりも軽快さを重視したひとつのスタイルが流行します。
ロココ趣味で知られる「ロココ様式」です。
ロココはフランス語で岩を意味する「ロカイユ」に由来する言葉で、石や貝殻・サンゴ・波・植物の葉・ツタ・花といった自然の曲線を取り入れた装飾を特徴としています。
天井と壁、柱とアーチといった区分けはバロック以上に消失し、直線や平面は最小限に抑えられ、楕円や曲線・曲面が多用されました。
室内空間はロカイユ装飾で埋め尽くされ、色彩的には白や金、あるいはピンクや空色といったパステル・カラーが好まれ、バロックの重厚に対して軽快でかわいらしい空間が誕生しました。
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シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」、第13回は新古典主義/歴史主義建築を紹介します。