世界遺産NEWS 15/08/16:ストーンヘンジの道路トンネル化に懸念
イギリスの草原にたたずむ謎の巨石遺跡ストーンヘンジ。
ただただ石が並んでいるだけなのに、どうしてこんなものが人の心を打つのでしょう?
その不思議な印象は、おそらく4,000~5,000年前にこの遺跡を築いた人々が感じていたものと変わりません。
彼らにはこの形・この素材・この場所である必然性があり、その形・その素材・その場所が現代に生きる私たちの心を同じように震わせているのでしょう。
こうした感覚はその瞬間にしか体験できないもので、一瞬後には記憶という感覚とはまったく異なるものに変換されてしまいます。
しかし、それでいながら4,000年以上を経た私たちに伝えることができているのです。
瞬間的、かつ、永遠的なるもの。
偉大な遺跡や芸術作品を見ると、私はいつもこれを感ぜずにはいられません。
ストーンヘンジもそんなものを雄弁に物語っています。
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UNESCO(ユネスコ。国際連合教育科学文化機関)は8月上旬、ストーンヘンジの脇を通る国道A303号線のトンネル化問題について、市民やNGOから懸念を伝える多数のメッセージが届いていることを発表しました。
人々はトンネルが地質や生態系に影響し、遺跡にダメージを及ぼすことを恐れています。
実はストーンヘンジの両脇をA303とA344という国道が通っています。
この遺跡を訪ねる観光客だけでなく、ロンドンから南東部の海に向かう人々が利用するため、特に休日や祝日・夏休み期間にはしばしば渋滞することで知られています。
ひと目遺跡を見ようとして事故を起こす人も絶えないようです。
小高い丘で隠れるので道路がそれほど目立つわけではないのですが、場所や角度によってはやはり車列が目に飛び込んできます。
そうした写真を見る機会が少ないのは、みなさんがそんな角度を避けて撮影していたり、車が写っている写真をアップしたりしないからでしょう。
こうした景観の問題、渋滞や事故の問題、車の騒音と排気ガスの問題を解消するために、政府は1989年から審議会を設けて検討を行っています。
1995年にはA303の4kmにわたるトンネル化が計画されましたが、近くにトンネルを掘ることで遺跡に影響を与える可能性があることや、ストーンヘンジから見えないようにするためにトンネルをもっと延長するべきなどといった意見が出て予算が膨れ上がり、中止に追い込まれました。
2005年にも計画が持ち上がりましたが、2007年に同じ理由で破棄されました。
一方、A344の方は2005年あたりから閉鎖が検討されてきましたが、2013年に実現しています。
同時にストーンヘンジの手前2.4kmに駐車場を備えた新しいビジターセンターがオープンし、ここからシャトルバスが旧A344を通ってアクセスできるようになりました。
このような状況でしたが、政府は2013年より新たな調査を行い、2014年12月に2020年までの道路計画を発表し、A303の2.9kmにわたるトンネル化と道路の拡張が示されました。
これに対して一部の環境保護団体・住民はかえって遺跡に不可逆的なダメージを与えるのではないかと憂慮しています。
世界文化遺産の調査を行っているICOMOS(イコモス。国際記念物遺跡会議)も、景観問題への意欲は評価しているものの遺跡への影響を懸念しています。
ご存知のようにストーンヘンジは「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群」という名で1986年に世界遺産リストに登録されています。
もはやイギリス一国の問題ではなく、UNESCOを巻き込んだ世界的な問題になっています。
来年の世界遺産委員会でも討議されることになるのでしょう。
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ちなみに、上の方でUNESCOに「市民やNGOから懸念を伝える多数のメッセージが届いている」と書きましたが、世界遺産に対する危機については国家はもちろん、個人や非政府団体からの報告も受け付けています。
危機遺産について書かれたUNESCOの下記のサイトにはこのように記されており、連絡先が明記されています。
"The States Parties to the Convention should inform the Committee as soon as possible about threats to their sites. On the other hand, private individuals, non-governmental organizations, or other groups may also draw the Committee's attention to existing threats."
■World Heritage in Danger(UNESCO公式サイト)
世界遺産はそれを所有する国が守る義務を負うだけでなく、全人類が一体となって守っていくものなのですね。
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