世界遺産NEWS 24/08/25:イスラエル、パレスチナの世界遺産バティールで入植地建設を承認か
イスラエルの財務大臣は8月中旬、パレスチナのバティールにおける新たな入植計画を承認したことを発表しました。
これに対してイスラエルのNGOであるピース・ナウは世界遺産「パレスチナ:オリーブとワインの地-エルサレム南部バティールの文化的景観」の構成資産への入植も含まれているとして強く非難しています。
■New Israeli Settlement in West Bank Would Encroach on World Heritage Site, Activists Say(The New York Times)
今回はこのニュースをお伝えします。
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2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃、それに対するイスラエルによるガザ侵攻で混乱を増すパレスチナ=イスラエル関係。
両国はUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)や世界遺産委員会でも対立を繰り返してきました。
最たる例がパレスチナのUNESCO加盟で、2011年10月に賛成107・反対14・棄権52という圧倒的賛成多数で承認されました。
国連(国際連合)加盟については安保理(国際連合安全保障理事会)の決議が必要で、アメリカが拒否権発動を示唆していることから加盟は現実的ではありませんが、UNESCOには拒否権がないため実現しました。
アメリカとイスラエルはこうした動きを著しく政治的であるとして非難して分担金の拠出を凍結します。
一方、パレスチナは「イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路」について緊急的登録推薦(明確に顕著な普遍的価値を持ち、危機的状況にある物件の例外的な緊急推薦)を行い、2012年に世界遺産登録に成功。
アメリカとイスラエルは拠出凍結を継続して2013年にUNESCOの投票権を喪失しました。
さらに、パレスチナは2014年に「パレスチナ:オリーブとワインの地-エルサレム南部バティールの文化的景観」の緊急的登録推薦を行います。
バティールはエルサレム旧市街の南西約10km、ベツレヘムの西約5kmに位置する村で、4,000年前の青銅器時代から人類が暮らしていたことが確認されています。
人々は石垣を組み上げた段々畑や灌漑用の水路を張り巡らせ、ブドウやオリーブを栽培して生計を立ててきました。
パレスチナはこうした文化的景観が顕著な普遍的価値を持つ一方で、イスラエルによる土地の管理制限や分離壁の建設計画によって危機的状況にあるとして緊急的登録推薦を行いました。
しかし、文化遺産の調査・評価を行うICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)は、同地は危機的な状況になく緊急性もないとしたうえで、同様の畑や灌漑施設は中東全域に見られるもので顕著な普遍的価値も確認できないとして「不登録」を勧告しました。
緊急的登録推薦の必要が認められないというのは最初に登録された「イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路」も同様の判断でした。
ところが世界遺産委員会はこうした勧告を退けて逆転で登録を決議し、世界遺産リストと同時に危機遺産リストへの登載を行いました。
アメリカとイスラエルはこの決定を強く非難し、結局両国は2018年末にUNESCOを脱退してしまいました(アメリカは2023年に復帰、イスラエルはオブザーバーとして参加中)。
パレスチナがバティールを登録したかったひとつの理由にイスラエルによる分離壁や入植地の建設問題があったといわれています。
イスラエルの分離壁はヨルダン川西岸地区やガザ地区などに建設中の総延長700kmを超える壁やフェンス・鉄条網で、ユダヤ人とパレスチナ人の居住区を分断することを目的としています。
2003年の国連総会で非難決議を受け、2004年にはICJ(国際司法裁判所)で違法判断が下っていますが、建設はいまなお進行中で、ガザ侵攻後に分離壁の建設や入植地の拡大が活発化したといわれています。
バティールに関しては、かねてよりイスラエルはエルサレムから伸びる分離壁を拡張し、同地の農業景観を分断するように設置する計画を立てていました。
イスラエル政府はこれに前向きでしたが、イスラエル自然・公園局は文化的価値をある程度認めて否定的だったといいます。
イスラエル高等法院も2015年に同地の分離壁建設計画を差し止める判決を下していますから、世界遺産登録が功を奏したのかもしれません。
エルサレム付近の分離壁の様子
そして今回のニュースです。
イスラエル財務省のベツァレル・スモトリッチ大臣は8月14日、バティールに新たな入植地として「ナハル・ヘレツ」を建設する計画を承認したことを発表しました。
この計画は6月に予備的に承認を行っていたものですが、当時発表の30エーカー(約0.12平方km)から150エーカー以上に拡大されているうえ、世界遺産「パレスチナ:オリーブとワインの地-エルサレム南部バティールの文化的景観」の構成資産のエリアを含んでいるようです。
国境で平和運動を展開しているイスラエルのNGOピース・ナウ、ヘブライ語名シャローム・アフシャーヴはこの場所では3つの大きな問題が起きていると指摘しています。
第一にアル=マクフルール地区における土地収奪です。
イスラエル軍がユダヤ人入植者とともにバティールの一部を襲撃している問題で、軍はこの地が閉鎖地域であるとしてパレスチナ人を追放しています。
軍や武装した入植者による襲撃はガザ侵攻以降、特に活発化しているようです。
第二がアイン・バルダモ前哨基地の建設です。
2023年12月にバティールから500m離れた斜面に築かれた基地で、入植地建設のための施設と見られます。
これまでにも同地には2度基地が築かれたことがありましたがまもなく解体されており、これほど大きな基地が長く維持されたことはなかったといいます。
イスラエル軍は畑の破壊・作物の伐採・舗装などを行っており、入植に向けた準備を進行中であるようです。
第三に新入植地ナハル・ヘレツの建設計画です。
この入植地は6月の閣議決定により明らかになった5つの新たな入植地のひとつで、エルサレムとグーシュ・エツヨンを結ぶ分離壁と入植地群の一部として形成されるものです。
当初は世界遺産の資産から50~250mほど離れた場所に建設予定だったようですが、ピース・ナウによると入植地は当初予定の5倍以上の面積に増えており、構成資産も含まれているようです。
また、バッファー・ゾーンに建設された入植用のバイパスも脅威であるとしています。
もともとバティールは1995年のオスロ合意IIにおいて、パレスチナ自治政府の統治下とされながらイスラエル軍の管轄下にあり、一部はイスラエル民政局の統治下にもあるという非常に複雑な土地です。
このため時々の政治に振り回されており、今回はガザ侵攻の影響でこのような大事になっているといえそうです。
2023年にイスラエルはヨルダン川西岸地区に12,349棟の住宅の建設計画を立案していますが、これは過去30年で最多となっています。
ピース・ナウはこうしたイスラエルの侵略的な動きに対し、25,000人が暮らすこの地のパレスチナのつながりを分断し、数千年の歴史を持つ自然と文化を損なうものとしています。
同時に、世界遺産として認められた人類共通の顕著な普遍的価値に対する挑戦であると非難しています。
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