世界遺産NEWS 23/01/20:2,000年の耐久性を誇るローマン・コンクリートの謎を解明
現代の鉄筋コンクリートの耐用年数は約50年で、寿命は100~150年程度といわれています。
ところが世界遺産「ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂(イタリア/バチカン共通)」の構成資産であるローマのパンテオンのドームはコンクリート造であるにもかかわらず、1,900年を経ても安定しています。
2023年1月上旬、MIT(マサチューセッツ工科大学)を中心とした研究チームはアメリカの科学誌『サイエンス・アドバンシス』でローマン・コンクリートの耐久性の秘密の一端を明らかにしたことを発表しました。
それによると、ローマン・コンクリートは亀裂に対して自己修復機能さえ有していたそうです。
■Riddle solved: Why was Roman concrete so durable?(MIT News)
今回はこのニュースをお伝えします。
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ローマのパンテオンはぼくがこれまで見てきた中でもっとも印象的な建造物のひとつです。
創建は初代ローマ皇帝アウグストゥスの側近であるアグリッパで、紀元前27年前後と見られます。
パンテオンが「すべての神々」を意味するため、日本語では「万神殿」などと訳されています。
西暦80年に火災により倒壊したため、120年前後に皇帝ハドリアヌスによって再建されました。
現在見られるパンテオンはこのとき築かれたものです。
築1,900年になるわけですね。
中世、パンテオンのドームは「奇跡」「再現不可能」と言われました。
高さ43mに浮かぶドームは内径43mという巨大さで、中央には直径9mのオクルスと呼ばれる穴が開いています。
ドーム内部の形状は直径43mの真球を半分に割った形に近く、均整の取れた美しいたたずまいを見せています。
正午にはオクルスから入った陽光が主祭壇の方角を照らし、神=光を演出します。
このドームは完成当時、世界最大のドームでした。
それだけでなく、ルネサンス期の15世紀、フィレンツェでサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラ(ドーム)が完成するまで1,300年にわたって世界最大のドーム※でありつづけました。
ちなみに、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラは現在でも世界最大の石造ドームです。
※パンテオンのドームがコンクリート造であるのに対し、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラは純粋に石造である点、パンテオンが純粋なアーチ構造であるのに対し、大聖堂は二重殻構造で支えやドームを締めるリングなどを使用している点、また大聖堂のクーポラは真球ではなく内径が最大約45.5m・最小約41.5mである点などのため、最大判定には議論があります
この奇跡的なドームが可能になったのは、アーチの技術の高さに加え、ローマン・コンクリートによるところが大きいといわれています。
コンクリートとは、砂や砂利・小石といった骨材をセメントで練り合わせて凝固させた建築材料のこと。
そしてセメントは、石灰石や軽石・ 粘土などを砕いた粉末で、水を加えて固めたり接着したりする用途で使われます。
パンテオンのドームはコンクリート造ですが、その基部は6mを超える厚さであるのに対し、オクルスの近くの最上層は1.2mほどと薄くなっています。
また、セメントと混ぜ合わせる骨材について、凝灰岩に加えて下層では大理石の一種であるトラヴァーチン、中層ではより軽いテラコッタ(素焼きの焼き物)、上層では多孔質で非常に軽いトゥファ(石灰岩の一種)や軽石を使用しており、上に行くほど軽いコンクリートになっています。
それにしても、築1,900年を経て原形を保っていられるのはなぜなのでしょう?
現在の鉄筋コンクリートの場合、鉄筋コンクリート造の法定耐用年数は47年で、メンテナンスをした場合、寿命は100~150年といわれています。
これはコンクリートの問題以上に鉄筋の問題で、鉄筋をコンクリートで覆っても、100年を超えると金属が腐食してしまいます。
鉄筋の入っていない無筋コンクリートでも寿命は100年程度と考えられていますが、ダムに使用されている無筋コンクリートが100年を超えても強度を保っている例もあるようです。
といっても、やはり1,900年は桁外れです。
ローマン・コンクリートの耐久性について、これまでさまざまな仮説が唱えられてきました。
一例が火山灰です。
ローマン・コンクリートに石灰分が含まれているのは古くから知られていましたが、以前は単なる不純物と見られていました。
しかし近年、火山灰の石灰分が重要な役割を果たしているとの研究結果が明らかになりました。
それによると、石灰分がコンクリート中の成分とポゾラン反応と呼ばれる化学反応を起こし、水分を除去しつつ結合力の高い化合物を作って強度を増しているとしています。
あるいは海水です。
一般的に水と塩はコンクリートを腐食させるものですが、長いあいだ海の水しぶきを浴びたローマン・コンクリート内部に海水中のミネラル分が浸透してポゾラン反応を促進し、こちらも強度を高めていると見られています。
ポゾラン反応は一種の腐食なのですが、これを利用することで耐久性を上げていることになります。
現在のコンクリートは化学反応が起きないように不活性な成分を使用していますから、正反対のアプローチです。
そして今回のニュースです。
MITを中心にハーバード大学やイタリアやスイスの研究所などからなる研究チームは2023年1月上旬、アメリカの科学誌『サイエンス・アドバンシス』誌上でローマン・コンクリートの耐久性の秘密の一端を明らかにしたことを発表しました。
研究チームはイタリア中部、ラツィオ州のプリヴェルヌム遺跡のローマン・コンクリートを分析した結果、石灰性の粒子を発見し、この粒子が炭酸カルシウムを沈殿させるなどコンクリートの中でポゾラン反応を起こしている事実を確認しました。
しかし、こうした反応を起こすためには従来考えられていた消石灰では不可能で、生石灰を利用した「ホット・ミキシング "hot mixing"」が行われたと結論付けています。
石灰石(主成分は炭酸カルシウム)を加熱するとその形をおおよそ保って生石灰(酸化カルシウム)になります。
生石灰に水を加えると激しく発熱しながら崩れて粉末状の消石灰(水酸化カルシウム)になります。
危険で崩れやすい素材ですから、一般的には生石灰ではなく消石灰が使われます。
しかし、ローマン・コンクリートでは生石灰を使用することで水分と反応してコンクリートの温度が上がり、全体の化学反応を促進させているようです。
加えて炭酸カルシウムをはじめ低温ではできない成分を結晶化させ、耐久性を増しているということです。
研究チームは分析結果と同様のコンクリートを試作してさまざまな実験を行いました。
そして意図的に亀裂を作って水を加えたところ、石灰分と反応してカルシウムの飽和溶液ができ、やがて炭酸カルシウムが沈殿して2週間以内に亀裂を埋めたそうです。
消石灰で作ったコンクリートではこの反応は起きませんでした。
研究者たちは、これを応用すればまったく新しいコンクリートの開発に道が拓けると期待しています。
それもより強力なコンクリートというだけでなく、コンクリートは大量の温室効果ガスを排出することで知られますが、逆に炭酸ガスを吸着するコンクリートの可能性も指摘しています。
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腐食を逆手に取った自己修復するコンクリート――
温室効果ガスを吸着する持続可能なコンクリート――
ロマンがありますね!
生石灰ということは、火山灰や石灰岩を焼いて入れていたわけで、意図的なものであるわけです。
やはりローマ人はわかってやっていたんですね。
ローマ文明、恐るべし、です。
[関連サイト&記事]
Hot mixing: Mechanistic insights into the durability of ancient Roman concrete(Science Advances)
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