世界遺産NEWS 17/02/15:開発のための持続可能な観光の国際年2017を迎えて
国連(国際連合)は毎年、その年に世界で取り組むべき重要課題を掲げて「国際年」を採択しています。
そして2015年12月22日の国連総会で2017年の国際年が採択されました。
それが "the International Year of Sustainable Tourism for Development"、すなわち「開発のための持続可能な観光の国際年」です。
今回はUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)の数々の事業と観光との関係などとともにこのニュースをお伝えします。
最近話題の言葉、保護・保存・保全、リビングヘリテージ、エコツーリズム、サステイナブル・ツーリズム、ユネスコエコパーク、ジオパーク、フェアトレード等々にも触れてみたいと思います。
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<発展する世界の観光市場>
21世紀の産業として大きな注目を集めているのが「観光」です。
その理由はふたつあります。
ひとつはその将来性です。
日本でもインバウンド市場が盛り上がっていますが、JNTO(日本政府観光局)によると2010年から2016年にかけて訪日外国人旅行者数はこのようにうなぎ登りです。
■2010~2016年、訪日外国人旅行者数の推移
861万→622万→836万→1,036万→1,341万人→1,974万人→2,404万人
すさまじいですね。
たった6~7年で2.8倍です。
実は世界的にも観光客は増えています。
UNWTO(国連世界観光機関)によると、1990年→2015年の5年刻みの国際観光客到着数(1泊以上を海外ですごした訪問客)は以下のようになっています。
■1990~2015年、5年おきの国際観光客到着数の推移
4.35億人→5.27億人→6.74億人→8.09億人→9.50億人→11.86億人
25年で2.7倍、2030年にはさらに52%増えて18億人が見込まれています。
2015年の国際観光収入総額は1兆2,600億ドルで、間接的な影響も含めて世界のGDPの約10%を占めています。
巨大産業なんですね。
しかも観光はやりようによっては大きな投資を必要としません。
既存の文化資源や自然資源を有効活用することで収益を伸ばすことも不可能ではないのです。
このため発展を必要とする途上国ではもっとも期待される産業のひとつに位置づけられています。
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<観光に期待される発展と保全の調和>
観光が注目を集めるもうひとつの理由は、文化や自然の「保全」です。
現代社会において発展は不可欠な要素です(この善し悪しは置いておきましょう)が、発展には開発が必要です。
特に現在、富は先進国に集中しており、途上国の貧困問題は21世紀最大の課題となっています。
しかし、気候変動やエネルギー枯渇・環境汚染等々の問題から、従来型の開発はすでに行き詰まっています。
そこで提唱されたのが「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」(外務省のサイトより引用)、すなわち「持続可能な開発」です。
英語では「持続可能な」は "sustainable" で表されるので "sustainable development" と表現されています。
1980年にIUCN(国際自然保護連合)が世界保全戦略の中で提唱し、1992年の国連環境開発会議で採択されたアジェンダ21や、2002年の世界首脳会議で採択されたヨハネスブルグ宣言でもこの理念が謳われており、持続可能な開発にもっとも貢献しうる経済分野として「観光」が位置づけられているのです。
なぜ観光なのでしょうか?
たとえば世界遺産は顕著な普遍的価値を持つ文化遺産や自然遺産を守ろうという活動ですが、そうした遺産はむしろ隔離して保存した方が守られるのではないでしょうか?
しかしながら、文化遺産については経年劣化もありますから随時修復が必要です。
自然遺産についても人間が手を加えてきたために保たれている自然はたくさんありますし、気候変動や種の絶滅・外来種による生態系の変化等々の問題は人間によって引き起こされた側面も強く、むしろ積極的に手を加えて対応する必要に迫られていることもあります。
一例が山火事です。
気候変動に伴って温度上昇・乾燥化が進んでいる地域では山火事が増えており、昨年1月に「タスマニア原生地域」でかつてない規模の山火事が発生しました。
タスマニアの森は「イエローストーン国立公園」などと違って火事に対応できない構造であるため、数百万年かけて築かれた生態系が不可逆的に破壊されかねない危機を迎えました。
こうした場合、人間の手が必要となってくるのです。
こうしたことから文化や自然を守る活動は、保護 "protection" や保存 "preservation" から人間が関わる保全 "conservation" へと舵を切っているのです。
それに、文化遺産や自然遺産の大切さはそれらに触れてみてはじめて理解できるものです。
真にこれらを守ろうとするならば、こうしたものを愛しいと思う「心」をこそ守らなければなりません。
ですから文化遺産や自然遺産を隔離保存するのではなく、いま現在も生きている遺産=リビング・ヘリテージ "living heritage" として扱い、教育・研究・広報といった活動を通して積極的に参加してもらうことが大切なのです。
これを可能にするのがエコツーリズムやサステイナブル・ツーリズムで、文化や自然に触れながらこれらを愛でる心を育もうという次世代の観光の形なのです。
そして観光を通して学び育まれた文化や自然を愛する心は、それぞれが所属する地域でその力を発揮することでしょう。
最終的に、世界遺産やユネスコエコパーク、ジオパークなどに含まれていない自分の周辺の地域を守ることにもつながるのです。
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<持続可能な観光とUNESCOの事業>
2015年から15年計画「持続可能な開発のための2030アジェンダ」がスタートしました。
これは2015年の「国連持続可能な開発サミット」で採択されたもので、この15年であらゆる場所・あらゆる形態の貧困に終止符を打つことを目標としています。
そしてこれを実現するための取り組みのひとつが「開発のための持続可能な観光の国際年」なのです。
国際年は各国がこれをテーマにさまざまな活動を行うのはもちろんですが、UNWTO(国連世界観光機関)、UNEP(国連環境計画)、UNCTAD(国連貿易開発会議)といったさまざまな政府間機関やNGO・企業なども参加しています。
特に期待されているのがUNESCOです。
UNESCOは世界遺産等々、さまざまな形で世界の有力な文化資源や自然資源をリストアップしており、保全活動を進めています。
下はぼくが作ったUNESCO事業のリスト集です(それぞれの詳細は各記事参照のこと)。
■UNESCO遺産事業リスト集
この中で、ユネスコエコパークとジオパークはもともと環境の保全と社会の発展の調和を謳う活動です。
ユネスコエコパークは3つの機能「保全」「学術的研究支援」「経済と社会の発展」を掲げていますし、ジオパークは「保全」「教育」「観光(地域振興)」を活動の柱としています。
たとえば「糸魚川ジオパーク」。
こちらでは美しい自然を眺めながらフォッサマグナ(地質学的な溝)などの地形を知るツアーを催行していますが、それだけでなく、そうした地形が育む山菜や魚を味わう料理、地形をベースに発展した伝統祭事などもリンクさせて、五感をフルに活用して自然の恵みを体感するツーリズムを推進しています。
こうして環境保全の意識を高めつつ、利益を地域に還元して発展に寄与することが持続可能な観光の狙いであるわけです。
近年、世界遺産もこうした視点を取り入れており、世界遺産を利用した研究・教育活動や、地域の社会資源として世界遺産になんらかの役割を持たせる必要性が叫ばれています。
もちろん課題も山積です。
遺産活動はいずれも保全を義務づけているためだいたい保全と発展、保全と開発の両立を掲げてはいるのですが、現地に行ってみると実際には保全がないがしろにされているケースは少なくありません。
従来型のマス・ツーリズムの方が短期的には利益が出せますからね。
また、先進国・新興国や都市部といったもともと豊かな地域だけが発展するリーゲージ(漏出)問題は深刻で、UNEPによると先進国で10~20%、新興国になると40~50%もの利益が海外に流出していると見られています。
一例ですが、パック旅行で先進国から途上国、たとえば日本からカンボジアに行くような場合、パック料金から生まれる利益の80%は日本などの出発国に落ちると言われています。
立場の強い者が利益を独占するのではなく、地域に正しく配分されるフェアトレード(公平貿易)の実現が重要になってくるわけです。
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<国際年とUNESCO>
最後に「開発のための持続可能な観光の国際年」を迎えるにあたって発表したUNESCOのイリーナ・ ボコバ事務局長の声明を紹介しましょう。
「開発のための持続可能な観光の国際年」公式サイトからの引用です。
「観光は異文化間の交流と対話への扉です。
毎年12億以上の人々が国境を越えていますが、観光は(戦争や差別の原因となる)無知と偏見の障壁を打ち破る絶好の機会となります。
そしてまた、観光は『持続可能な開発のための2030アジェンダ』に直接に間接に貢献する可能性を秘めています。
UNWTOのデータは、雇用創出や地域への利益誘導の手段として観光の重要性を示しており、実際に観光は世界の雇用の1/11を占めています。
UNESCOは成長とイノベーションの牽引役として持続可能な開発と創造的な経済を可能にする文化の役割を強く提唱しています。
私たちは観光のポテンシャルを知っており、同時に管理されていない観光の弊害をよく知っています。
古代のモニュメントはマス・ツーリズムによってダメージを受けかねませんし、無形文化遺産は適切な保護がない限り危機に瀕してしまいます。
世界遺産やユネスコエコパーク、ジオパークのようなUNESCOの遺産は観光にとってすばらしい機会を提供していますが、私たちはその管理に関して責任と持続可能性を確実なものにしなければなりません。
「開発のための持続可能な観光の国際年」は遺産と観光を巡る積極的でダイナミックな変化を促進する機会となるでしょう。
この2017年、UNESCOはEU(欧州連合)やその他のパートナーとともに持続可能な観光の発展を支援するいくつかの取り組みを立ち上げます。
UNESCOはまた地中海の生物圏保存地域とUNWTOの文化および観光に関して重要な会議の数々を共催します。
持続可能な観光はよりよい教育を提供し、より新しい行動を啓蒙・促進し、すべての観光従事者の責任能力を高めるために、新しいパートナーシップを求めています。
そしてこの精神は持続可能な観光が効果的な変化の触媒となるように、UNESCOとUNWTOの協力の下で推進されます」
この機会にユネスコエコパークやジオパークを訪ねてみるのもおもしろいかもしれませんね。
[関連サイト]
The International Year of Sustainable Tourism for Development(公式サイト。英語)