世界遺産NEWS 17/02/09:養殖業者が環境保護失敗でタスマニア州政府を提訴

タスマニア島のサーモン養殖業者ヒューオン・アクアカルチャーは2月6日、養殖業のため世界遺産「タスマニア原生地域」のマッコーリー湾の環境保護が失敗に終わろうとしているとしてタスマニア州政府を提訴しました。

ヒューオンはマッコーリー湾でタスマニア・サーモン(アトランティック・サーモン)の養殖を行っているのですが、同社が訴えられているのではなくて、同社が州政府を訴えています。

 

非常におもしろいケースだと思いますので、今回はこのニュースをお伝えしましょう。

 

Huon Aquaculture takes Tasmanian Government to court over salmon farming in Macquarie Harbour

 

* * *

フランクリン=ゴードン・ワイルド・リバーズ国立公園のリバークルーズ

 

オーストラリアの「タスマニア原生地域」はすべての世界遺産の中でもっとも多くの登録基準をクリアしています。

10の登録基準のうち(iii)(iv)(vi)(vii)(viii)(ix)(x)の7項目を満たしているのですが、同様に7項目をクリアする世界遺産は他に中国の「泰山」しかありません。

 

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タスマニア島はゴンドワナ大陸を起源とする珍しい動植物が多数生息するだけでなく、海洋から山岳まで多彩な生態系を有し、氷河に削られた美しい山岳風景や真っ赤に染まる湖をはじめ、他では見られない類いまれな景観を数多く抱えることで知られています。

すでに絶えてしまった先住民族アボリジニの壁画や住居跡、イギリス植民地時代の流刑地なども残されており、自然遺産だけでなく文化遺産の価値をも備えた複合遺産として登録されています。

 

この世界遺産は5つの国立公園を中心とした20を超える保護区からなり、島の20%を占めています。

今回問題となっているマッコーリー湾は南東部が世界遺産の構成資産であるフランクリン=ゴードン・ワイルド・リバーズ国立公園に含まれており、またイギリスの囚人収容施設はマッコーリー湾歴史遺跡としてこちらも構成資産となっています。

 

さて、今回はいったい何が問題になっているのでしょう?

 

まず簡単にヒューオンという会社を紹介しておきましょう。

ヒューオンは1988年に創業したサーモン養殖業者で、世界遺産の美しい川と美しい海が会するマッコーリー湾でタスマニア・サーモンの養殖を開始しました。

この川と海の水質はきわめて優良で、寄生虫が存在せず病気も少ないということで、抗生物質やワクチンを使用せず、自然に近い状態で野生に近いサーモンが育成されています。

 

大自然が健康なサーモンを育てていることから同社は持続可能な養殖を目指しており、イケスを移動させて海域に休閑期を設けたり、エサが広がらないようにセンサーを設置したり、ネットに付いた藻から汚染が進まぬよう専用の洗浄装置を取り入れるなどの取り組みを行っています。

The Huon Aquaculture Story

 

現在、マッコーリー湾ではヒューオンの他にオーストラリア最大の養殖業者タッサル、マッコーリー湾最大を誇るペチュナなども養殖を行っており、7億オーストラリア・ドル(約600億円)を売り上げています。

タスマニア州政府は2030年までにこれを10億ドル(約850億円)にまで拡大する意向を示しています。

 

しかしながらヒューオンはこのところ養殖の規模を縮小しているといいます。

その理由が環境の過負荷で、酸素濃度の低下などによってサーモンのストレス・レベルが非常に高い数値を記録するようになったためとしています。

そこでヒューオンはDPIPWE(第一次産業・公園・水・環境省)に養殖サーモンのトン数制限を縮小するように呼び掛けましたが、DPIPWEは過去2年でトン数を倍増させているということです。

 

また、ABC(オーストラリア放送協会)は1月にEPA(環境保護庁)が委任し、IMAS(海洋南極研究所)が行ったとされる機密のマッコーリー湾環境調査レポートを公表しています。

レポートによると状況はきわめて悪化しており、特に水中の酸素濃度は湾全域で激減し、タッサルのイケスの周囲には生物が存在しない場所も発見されたりしています。

 

このレポートについてヒューオンはEPAに説明を求めており、また養殖の規模を縮小するよう要求しています。

ところがABCは規模を拡大する意向を示したEPAの文書を手に入れているようです。

この文書によるとタッサルに対して便宜を図っていると見られる個所があり、そしてIMASレポートによるとタッサルがもっとも環境に悪影響を与えているとしています。

 

マッコーリー湾のサーモン用イケス
マッコーリー湾のサーモン用イケス

そしてヒューオンは2月6日、監督省庁であるEPAやDPIPWEを相手取り、マッコーリー湾の持続可能レベルを超える養殖を認め、環境保護に失敗しているとして提訴に踏み切りました。

そして州政府に対してすべての情報を開示し、真相を究明するよう要求しています。

 

ヒューオンやペチュナのサーモンのクオリティが高いことは日本でも有名で、刺身にしてもいっさいの生臭さないと高い評価を得ています。

世界のベスト・レストランの常連であるシドニーのTetsuya’s(テツヤズ)でもペチュナのサーモンが使われていることが知られています。

 

こうしたサーモンは美しい環境で育てているからこそなのですが、先述したようにイケスを移動させたりセンサーを採用したりと、さまざまな科学技術がこれを支えています。

そもそもタスマニア・サーモンは一般的にアトランティック・サーモン(大西洋鮭)と呼ばれる種で、その名の通り大西洋に生息しているものです。

外来種なのですね。

いるはずのないものを数万トンも育てているわけですから、科学による管理が必要不可欠であるのも当然かもしれません。

もっとも、それを言ったら畜産・養殖、野菜や果物の栽培の多くはそういうものであるわけなのですが。

 

この問題、本当にいろいろなことを考えさせられます。

 

 

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Huon Aquaculture(公式サイト。英語)

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