世界遺産NEWS 16/09/28:トンブクトゥの破壊にICCが禁錮刑判決
27日、オランダ・ハーグに設置されているICC(国際刑事裁判所)は、西アフリカ・マリの世界遺産「トンブクトゥ」や「アスキア墳墓」などの破壊に対する罪でイスラム過激派組織アンサル・ディーンの元指導者アフマド・マフディ被告に対して禁錮9年の判決を言い渡しました。
文化財の破壊がICCで裁かれるのは史上はじめてのこととなります。
今回はいまなお続くマリや隣国ニジェールの混乱に触れながら、この問題を紹介していきましょう。
世界遺産「トンブクトゥ」はサハラ砂漠を縦断する交易路に築かれた隊商都市で、最盛期には世界の半分以上の金を集めて「黄金の都」と称えられました。
13世紀になると北アフリカから入ってきたイスラム教が浸透し、多数のモスクが建設されて西アフリカの布教の拠点となりました。
トンブクトゥを築いたのはベルベル人と呼ばれる遊牧民族の一派であるトゥアレグ人です。
トゥアレグ人は広大なサハラ砂漠に広がって遊牧生活や交易を行い、トンブクトゥやジェンネ(世界遺産「ジェンネ旧市街)などの都市を築きました。
これらの都市はやがてマリ帝国やソンガイ帝国に支配されますが、大航海時代にポルトガル人たちがアフリカ沿岸の航路を切り拓くまで、地中海や北アフリカと西アフリカ・中央アフリカを結ぶ交易で活躍していました。
ちなみに、ソンガイ王国の国王アスキア・ムハンマドの王墓がマリの世界遺産「アスキア墳墓」です。
トンブクトゥの破壊と修復を伝えるニュース映像
話は20世紀まで飛びます。
19~20世紀前半、世界はイギリスやフランス、イタリア、ドイツ、アメリカなどのいわゆる帝国主義の国々によって支配されていました。
そしてサハラ砂漠周辺もほとんどフランスの植民地となっていました。
帝国主義の国々が行った植民地支配のひとつの方法が「分割統治」です。
分割統治とは、ある地域を支配する際に少数の民族や部族を優遇することで、支配されている人々の恨み辛みをすべてその少数民族に向けさせて、宗主国に対する反乱や運動を防ごうという戦略です。
実は、アフリカやアジアの内戦や紛争の多くはここに端を発します。
20世紀にアフリカで多くの国々が独立していくのですが、西サハラでも1960年代にマリやニジェール、アルジェリアなどがフランスからの独立を果たしました。
しかし、独立といっても旧宗主国フランスは植民地時代に優遇していた定住民族をベースに国境を引いて政権を発足させたため、民族・部族によっては虐げられているという実感を払拭することができないまま各国に組み込まれることになりました。
最たる例がトゥアレグ人です。
サハラ砂漠周辺で生活していたトゥアレグ人ですが、その間に国境が引かれたため複数の国々に分かれることを余儀なくされました。
定住民族ではないので土地を持たない人も多く、それまで行き来していた土地の権利を手にすることもできませんでした。
その後、彼らが暮らしていた土地でウラン鉱山などが発見されてマリやニジェールの主要産業に成長するのですが、彼らは恩恵を受けることができなかったのです。
こうした歴史背景もあって、トゥアレグ人の一部はマリやニジェールからの独立を強く求めており、MNLA(アザワド解放民族運動)などの運動組織が立ち上がりました。
当時のアンサル・ディーンによる恐怖の支配を伝えるアブデラマン・シサコ監督『トンブクトゥ』予告編
これに目を付けたのがイスラム過激派組織アンサル・ディーンです。
アンサル・ディーンは独立を支持してMNLAに連携を持ちかけ、リビア経由の武器や傭兵を使って武力蜂起を行いました。
そして2012年4月にマリ北部の制圧に成功し、アザワド国の独立を宣言します。
独立宣言後、アンサル・ディーンはトゥアレグ人住民に対してイスラム原理主義による生活を強要し、音楽やサッカーさえ禁じてしまいます。
そしてトンブクトゥやアスキア墳墓をはじめとする文化財を破壊したのですが、それが今回ICCで審理されたマフディ被告の事件ということになります。
2013年はじめ、EUの支持のもとフランスが軍事介入を行い、マリ北部の奪還に成功。
UNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)はいち早く修復支援を表明し、2015年7月にトンブクトゥの修復が完了しました。
しかしながらトゥアレグ人の問題は解決したとは言えず、その後もニジェールなどでフランスのウラン関連施設に対するテロなどが発生したりしています。
フランスはニジェールに対しても派兵を行っていますが、ISIL(イスラム国)に忠誠を誓う過激派組織ボコ・ハラムなどの活動もあって、安定にはほど遠い状況です。
* * *
今回の判決ですが、ICCはこれまで旧ユーゴスラビアのミロシェビッチ氏やスーダンのバシル氏のように、虐殺や人道に反するきわめて重大な罪に対して審理を行ってきました。
そういうわけで文化財破壊を裁く初のケースとなりましたが、ICCの検察官は「文化財の保護は人類の文化・歴史・アイデンティティを守ることを意味する」と陳述し、判決では軍事目標以外の文化財を破壊したことを重視し、国際社会全体に悪影響を与えた「重大な戦争犯罪」と断罪しています。
これは現在でもシリアやイラク、イエメンで続く破壊行為を見据えての戦略でしょう。
UNESCOのイリーナ・ ボコバ事務局長は、この判決が「人類の、あるいは地域の人間性を守るランドマーク」となり、「過激な暴力に対抗するカギになる」と評価しているように、破壊行為の抑止となることを期待しています。
マフディ被告も以前から「心から反省している」と後悔の念を述べており、「この過ちを繰り返してはいけない」と世界中の過激派に呼び掛けを行っています。
実際に抑止効果を生むか否かは未知数ですが、テロ組織も含めて国際社会全体がこれを問題視することが大切なのではないかと思います。
そしてまた、イスラム過激派組織の動きの裏にある民族問題にも光が当たり、解決への道筋が示されることを願います。
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