世界遺産NEWS 16/03/31:シリア政府軍、パルミラを奪還
3月27日、シリア政府軍がISIL(イスラム国)の拠点を攻撃し、パルミラの奪還に成功しました。
この地は「パルミラの遺跡」として世界遺産に登録されているのですが、2015年5月20日以来、ISILの支配下に入っていました。
この間、ISILはパルミラ発掘に尽力した考古学者ハリド・アサド氏をはじめ非協力的な人々を遺跡内で処刑したほか、博物館収蔵の「アラート神のライオン像」やバール・シャミン神殿、ベル神殿、ローマ記念門、塔墓群の一部などを爆破しました。
これまでの経緯は下記の記事をご参照ください。
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このところのシリア情勢ですが、主に下記の3勢力が主導権を争っています。
- シリア政府:ロシアやイラン、中国等が支持
- 反体制派:アメリカやEU諸国、トルコ、サウジアラビア等が支持
- 独自路線:ISILやアルカイダ系テロ組織、クルド人組織等々
これまでアメリカが支援している反体制派が優勢でしたが、2015年後半から様相が変わってきました。
主因は難民問題とテロです。
ユーロスタット(EU統計局)によると、EUにおける庇護申請者(難民としての地位と保護を求める者)の数は2012年から2014年までの3年間で33.6万人→43.2万人→62.8万人と急増しており、2015年は100万人、2016年は150万人を見込んでいます。
難民の多くがISIL支配地域から逃れてきたシリア系であることからシリア内戦の積極的解決が求められ、2015年9月にはイラクに限定していた有志連合の空爆域をシリアに拡大。
同月にイギリス軍やロシア軍も空爆を開始しました。
空爆は基本的にISILやアルカイダといったテロ組織に対して行われています。
しかし、アメリカやEUはシリア政府、ロシアは反体制派、トルコはクルド人組織も対象にしているとして互いに非難し合ったりしています。
特にアサド政権は壊滅寸前と見られていましたが、ロシアの空爆参戦によって持ち直しています。
ところが、10月31日にロシア民間機墜落事件、11月13日にパリ同時多発テロ事件が起きると様相が一変します。
それまでロシアの空爆に批判的だったEU諸国もアサド政権の維持に理解を見せはじめ、難民の増加とテロを防ぐためにISILの解体を優先するようになりました。
今回の奪還はロシア空軍の強力な支援の下で実施されたようです。
空爆に続いてシリア政府軍がパルミラを制圧し、その後ISILの拠点を攻撃した結果、ISILは四散したということです。
下はロシア空軍のドローンによって撮影された映像です。
侵攻直前に撮影されたもので、時々銃声が聞こえますね。
遺跡の被害状況ですが、特にベル神殿の被害が大きく修復不可能という報道もあるものの、被害規模は遺跡全体の20%程度で、多くはISIL侵攻以前の形を留めているようです。
遺跡に仕掛けられた爆弾の多くはシリア政府軍によって撤去され、今後地雷を撤去するためにロシアが工兵部隊を派遣するということです。
ロシアのプーチン大統領はパルミラ解放にあたってUNESCO(ユネスコ。国際連合教育科学文化機関)のイリーナ・ボゴバ事務局長と電話会談を行って、遺跡の調査・修復に対する協力を約束したようです。
事務局長はパルミラの解放を歓迎し、次のように述べています。
「パルミラはシリアの人々と多彩で寛容で開放的な文化の記憶を残す遺跡であり、それらが揺りかごとなって文明を育んできました」
「この1年、パルミラは中東を襲った文化洗浄(cultural cleansing)の象徴となってしまいました。しかし、遺跡の爆破や遺物の略奪・社会の破壊は人々の義憤を呼び起こし、人間性の団結を旗印とする前例のない運動につながりました」
「UNESCOは安全状況が確保され次第、専門家を派遣して修復を行います」
プーチン大統領は3月14日にロシア空軍主力部隊の撤退開始を宣言しています。
しかしながら撤退後も多くの戦闘機を駐留させており、今回のパルミラ奪還に参加しました。
ロシアの特殊部隊が暗躍しているといった情報も流れており、アメリカの胸中も穏やかではないでしょう。
パルミラは解放されたものの、政府・反体制派を巡るアメリカ・EU・トルコ・アラブ諸国VSロシア・イラン・中国の対立構造は解消されていませんし、ISILがブリュッセル連続テロに続く報復に出る可能性も高まっています。
パルミラが修復されることはとてもよいことですが、終わりのない戦いに巻き込まれつつあるような気もしてしまいます。
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