世界遺産と建築13 新古典主義/歴史主義建築
シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」では世界遺産を通して世界の建築の基礎知識を紹介します。
なお、本シリーズはほぼ毎年更新している以下の電子書籍の写真や文章を大幅に削ったダイジェスト記事となっています。
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1.古代、ギリシア・ローマ、中世編 2.近世、近代、現代編
3.イスラム教、ヒンドゥー教編 4.仏教、中国、日本編
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第13回は新古典主義/歴史主義建築の基礎知識を紹介します。
これらの建築的特徴の一例は以下です。
- ギリシア・ローマ風のオーダーを持つ
- ギリシア、ローマ、ロマネスク、ルネサンス、ゴシック、バロックといった様式をモデルに持つ
- 単独ではなく複数の様式の折衷であることが多い
* * *
<新古典主義様式と歴史主義様式>
■大西洋革命と古典回帰
17~18世紀に近世が終わり、近代が幕を開けます。
きっかけは相次ぐ革命、いわゆる「大西洋革命」です。
近世では絶対的な王の支配下で巨大で豪奢な建築文化が広がりました。
しかし、産業が発達するにつれて王や貴族・教会の力は衰えて、商工業を担う市民(資本家)が力を握るようになりました。
にもかかわらず土地や官職・富のほとんどを王や貴族・教会が独占していたため、そうしたアンシャン・レジーム(旧体制)に対する不満が爆発し、市民革命が勃発しました。
17世紀にイギリス革命が起こり、18世紀後半にアメリカ独立革命、フランス革命が勃発。
さらに植民地の独立が相次ぎ、各地で市民の蜂起や独立運動が活発化しました。
加えてイギリスで18世紀に産業革命がはじまってヨーロッパやアメリカに広がると、自由主義・民主主義・資本主義の流れが加速しました。
市民革命が進むと豪壮な宮殿は忌避され、巨大な建物や過剰な装飾を退廃的だとする空気が醸成されました。
また、18世紀前半にイタリアのポンペイ※でローマ時代の遺跡が発見されてセンセーションを巻き起こします。
これを機にギリシア・ローマの芸術文化がふたたび脚光を浴び、古典の復興が行われました。
こうして生まれた古典回帰のイズムが「新古典主義(クラシック・リバイバル)」です。
19世紀には中世以降の様式を復興した「歴史主義(ヒストリシズム)」に発展します。
ロマネスクやゴシック、ルネサンス、バロック様式などさまざまな様式の復興様式が生まれました。
こうした復興様式はここで紹介したもの以外にもロマネスク・リバイバル様式やネオ・ムデハル様式、ネオ・ビザンツ様式などさまざまな様式が存在します。
※世界遺産「ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの考古地域群(イタリア)」
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<新古典主義建築>
■グリーク・リバイバル様式、ローマン・リバイバル様式
ギリシア建築をモチーフとした様式を「グリーク・リバイバル様式」、ローマ建築の場合は「ローマン・リバイバル様式」といいます。
ドーリア式、イオニア式、コリント式、コンポジット式のオーダーを持つのが特徴で、大聖堂や宮殿といった大規模な建物よりも、こぢんまりとした教会堂や公共施設、個人の邸宅などに採用されました。
ただ、古典回帰といっても完全に古典通りの建築ではありませんし、他のさまざまな様式を混在させることも少なくありません。
さまざまな様式の折衷であることも新古典主義様式や歴史主義様式のひとつの特徴です。
ひとつの様式ではなく折衷に重きが置かれている場合は「折衷主義様式」と呼ばれます。
<歴史主義建築>
■ゴシック・リバイバル様式/ネオ・ゴシック様式
「ゴシック・リバイバル様式(ネオ・ゴシック様式)」はイギリスの中世賛美からはじまるイギリス・ゴシックを再興するムーブメントとして広がっていきました。
代表的な建物がウェストミンスター宮殿①です。
全体のプランは数学的均衡を重んじたルネサンスやパッラーディオ様式の構成で、その上にゴシック装飾を多用しています。
高さへのこだわりは見られませんが、柱上のピナクル(ゴシック様式の小尖頭)などのトゲトゲしい装飾によって垂直性が強調されています。
※世界遺産「ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター寺院及び聖マーガレット教会(イギリス)」
■ネオ・ルネサンス様式/ルネサンス・リバイバル様式
「ネオ・ルンサンス様式(ルネサンス・リバイバル様式)」は半円アーチ、シンメトリー(対称性)、整数比といった数学的均衡を重視したルネサンス様式を復興したものです。
重厚さが求められる公共施設や劇場で採用されることが多く、オーストリアのウィーン国立歌劇場①やチェコ・プラハの国民劇場②、ハンガリー・ブダペストのハンガリー国立歌劇場③などが一例です。
これらはオーダーを使ったシンメトリーの構成で、半円アーチが連なるファサードが特徴的です。
※①世界遺産「ウィーン歴史地区(オーストリア)」
②世界遺産「プラハ歴史地区(チェコ)」
③世界遺産「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区及びアンドラーシ通り(ハンガリー)」
■ネオ・バロック様式/バロック・リバイバル様式
「ネオ・バロック様式(バロック・リバイバル様式)」は文字通りバロックを再興した様式です。
一例がパリのルーヴル美術館①で、シュリー・ウイング、ドゥノン・ウイング、リシュリュー・ウイングの3つの主翼のうち、シュリー・ウイングは主にバロック様式、他の2つのウイングは主としてネオ・バロック様式で築かれています。
コリント式のオーダーと長球ドームが特徴的なベルリンのボーデ博物館②もネオ・バロック様式の傑作です。
シュプレー川に浮かぶフィッシャー島北部のムゼウムスインゼル(博物館島)②の博物館群はグリーク・リバイバルからローマン・リバイバル、ネオ・ルネサンス、ネオ・バロックまで新古典主義/歴史主義建築の宝庫となっています。
※①世界遺産「パリのセーヌ河岸(フランス)」
②世界遺産「ベルリンのムゼウムスインゼル[博物館島](ドイツ)」
<新古典主義/歴史主義時代の庭園>
■フランス式庭園/平面幾何学式庭園
イタリア式庭園やバロック庭園が丘を利用したカスケード(階段滝)を中心に組み立てられているのに対し、平地が多く土地が広いフランスではより平面的な庭園設計が必要とされました。
そんなフランスで発祥し、瞬く間にヨーロッパ中に広がった庭園様式が「フランス式庭園」です。
平面を幾何学的に区切っていることから「平面幾何学式庭園」、あるいはイタリア・ルネサンス庭園に対して「フランス・バロック庭園」とも呼ばれます。
フランス式庭園では滝や川が小さくなった代わりにカナルと呼ばれる運河や巨大な並木道を中央に造り、土地はほぼシンメトリーに区切られました。
エリアはさらに細分化され、それぞれのエリアにギリシア神話や季節的なテーマを持たせ、それに合わせる形で劇場や噴水・花壇・洞窟等を配置しています。
絶対王政・啓蒙専制君主政の時代にヴェルサイユの宮殿と庭園※は王宮の理想型となり、各国の宮殿や庭園に影響を与えたのはバロック建築の章で書いたとおりです。
※世界遺産「ヴェルサイユの宮殿と庭園(フランス)」
■風景式庭園、イギリス式庭園
イタリア式庭園、バロック庭園、フランス式庭園、いずれにおいても基本にあるのはシンメトリーと幾何学的な土地設計で、これらをまとめて「整形庭園」と呼びます。
18世紀のイギリスでは自然回帰の思想(ピクチャレスク運動)が広がり、文学や絵画に登場する風景そのままの美しい自然を目指して「風景式庭園」が誕生します。
この時代にイギリスで生まれた風景式庭園を「イギリス式庭園」と呼びます。
イギリス式庭園は自然に近いランダムな造形を特徴としており、シンメトリーや直線を嫌い、非対称・不均衡・曲線で構成されています。
川や池泉・田園・森林を極力自然に見えるように配し、その中に宮殿や劇場を散りばめています。
自然と建築物・構築物が一体化したランドスケープ・アート(造園芸術/景観芸術)が重視され、ブレナム宮殿①のランスロット・ブラウンやポツダムの庭園・公園群②のペーター・ヨセフ・レンネ、ムスカウアー公園/ムジャコフスキ公園③のヘルマン・フォン・ピュックラー=ムスカウといったランドスケープ・アーキテクト(景観設計家)が活躍しました。
イギリス式庭園は広大な公園のデザインとして採用されることも多く、そうした公園は宮殿や隣接の庭園・教会堂といったさまざまな施設を内包しています。
最たる例がサンスーシ公園②で、園内にサンスーシ宮殿やサンスーシ庭園、ノイエス宮殿(新宮殿)などが配されています。
ヴェルリッツ宮殿やルイジウム宮殿など数々の宮殿・庭園・公園が散在するデッサウ=ヴェルリッツの公園・庭園群④や、ヴィルヘルムスヘーエ城やレーヴェンブルク城を含むヴィルヘルムスヘーエ城公園⑤も同様です。
逆に、フランス式庭園の内部に収められたイギリス式庭園がヴェルサイユ宮殿⑥のアングレ庭園(イギリス庭園)で、「王妃の村里」ル・アモー(ル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌ)もその一部に含まれています。
※①世界遺産「ブレナム宮殿(イギリス)」
②世界遺産「ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群(イギリス)」
③世界遺産「ムスカウアー公園/ムジャコフスキ公園(ドイツ/ポーランド共通)」
④世界遺産「デッサウ=ヴェルリッツの庭園王国(ドイツ)」
⑤世界遺産「ヴィルヘルムスヘーエ城公園(ドイツ)」
⑥世界遺産「ヴェルサイユの宮殿と庭園(フランス)」
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シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」、第14回はアール・ヌーヴォー建築を紹介します。