世界遺産と建築10 ゴシック建築
シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」では世界遺産を通して世界の建築の基礎知識を紹介します。
なお、本シリーズはほぼ毎年更新している以下の電子書籍の写真や文章を大幅に削ったダイジェスト記事となっています。
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第10回はゴシック建築の基礎知識を紹介します。
ゴシック建築、特に教会堂の特徴の一例は以下です。
- 高くトゲトゲしい意匠である
- バラ窓をはじめガラス窓が多く見られる
- 彫刻やレリーフで覆われている
* * *
<ゴシック建築>
■より高く、より明るい建築
「はじめに神は天と地を創造された。地には形なく、虚しく、闇と神の霊が水面を覆っていた。神は『光あれ』といわれた。すると光が現れた。神はその光を見て『よし』といわれた」(『新約聖書』「創世記」より)
光=神。
そして神は天に座すものと考えられました。
ロマネスク建築はローマ以来の石造天井を持つ重厚な大聖堂を回復しましたが、天井を支えるために壁を厚くせざるをえず、高さもとれませんでした。
12世紀頃からフランス北部を中心に、より高く明るい教会堂が模索されました。
こうして生まれた建築様式が「ゴシック様式」です。
ゴシック建築の三大要素は尖頭アーチ、交差リブ・ヴォールト、フライング・バットレスですが、これらの技術はすでにロマネスク建築で取り入れられていました。
だからゴシックの潮流は技術的なものというより、「上」と「光」を目指し、より神々しい場を求めた神学的・芸術的潮流ということができるかもしれません。
ゴシック建築は12世紀にパリを中心としたイル=ド=フランス地方で誕生しました。
そしてパリ郊外のサン=ドニ大聖堂①で確立され、パリのノートル=ダム大聖堂②やシャルトル大聖堂(シャルトルのノートル=ダム大聖堂)③、ラン大聖堂で完成し、フランス北東部のアミアン大聖堂(アミアンのノートル=ダム大聖堂)④やランス大聖堂(ランスのノートル=ダム大聖堂)⑤で開花しました。
さらに隣のドイツでも人気を博し、より巨大化しました。
ゴシック最大を誇る教会堂がケルン大聖堂⑥です。
※①フランスの世界遺産暫定リスト記載
②世界遺産「パリのセーヌ河岸(フランス)」
③世界遺産「シャルトル大聖堂(フランス)」
④世界遺産「アミアン大聖堂(フランス)」
⑤世界遺産「ランスのノートル=ダム大聖堂、サン=レミ旧大修道院及びトー宮殿(フランス)」
⑥世界遺産「ケルン大聖堂(ドイツ)」
■ゴシック建築の三大要素
ゴシック建築の三大要素を紹介しましょう。
- 尖頭アーチ:頂点が尖ったアーチで、半円アーチに代わってヴォールトに取り入れられました。尖頭アーチにすることで内部空間がより高くなり、上を指すような上昇感をもたらすと同時に、荷重を柱により集中させることができるようになりました
- 交差リブ・ヴォールト:ふたつのヴォールトを交差させた交差ヴォールトの稜線部分をリブで縁取って補強したもの。交差部が×形であれば4分ヴォールト、3又に分かれている場合は6分ヴォールト、4又なら8分ヴォールトと呼ばれます。これにより交差ヴォールトが強化されただけでなく、尖頭アーチと同様、上への指向性を生んで上昇感をもたらしました
- フライング・バットレス(飛び梁):木の枝のように横に飛び出したアーチ状の支えで、これによって身廊が横に広がって崩壊しようとするスラストに対抗しました
ゴシック建築では交差リブ・ヴォールトを多用することで壁を極力排除しました(交差ヴォールトについては前回の「世界遺産と建築09 ロマネスク建築」参照。これにより天井や屋根の重さを壁ではなく4本の柱に集中させることができるようになりました)。
壁を取り払うことでより軽快で明るい空間を確保しただけなく、柱を中心とした骨組構造にすることで軽量化に成功し、より高い構造が可能になりました。
こうして西洋の石造建築はロマネスク建築とゴシック建築によって壁構造(素材を積み上げた壁で屋根や天井を支え空間を確保する構造)から柱梁構造(架構式構造。柱と梁でフレームを築く骨組構造)へと進化しました。
ただ、柱は壁に比べて細く軽いため、アーチが横に広がって崩壊しようとする水平力=スラストに耐えることができません。
スラストに対して、ロマネスク建築ではぶ厚い壁や、身廊を支える側廊、あるいは壁状の支え=バットレス(控え壁)で対応していました。
これに対し、ゴシック建築で多用したのがアーチを描くフライング・バットレスです。
なお、ヴォールトやバットレスなどについては「世界遺産と建築05 石造建築の基礎知識」なども参照してください。
■ステンドグラス、バラ窓
柱梁構造になることで柱と柱の間は荷重のかからない「カーテン・ウォール(帳壁)」となりました。
この自由になった空間に装飾用の着色ガラスをはめ込み、光をふんだんに取り込むようになした。
「ステンドグラス」の登場です。
ステンドグラスには『旧約聖書』や『新約聖書』、あるいは地元の聖者・福者の物語が描かれました。
また、ステンドグラス上部、窓枠のアーチ部分の装飾「トレーサリー」も飛躍的に発達しました。
大聖堂の顔である西ファサード(正面)のウェストワークにはバラの花を思わせる放射状の装飾窓「バラ窓」や、細長い列をなす「ランセット窓」が備えられました。
これらはやがて南ファサードや北ファサードにも取り付けられ、バラ窓とランセット窓が上下に並ぶ意匠が普及しました。
■ゴシック彫刻
盛期ゴシック建築はおびただしい数の彫刻やレリーフといった装飾で覆われています。
代表的なものを紹介してきましょう。
- ティンパヌム(タンパン):エントランス上部に掲げられたリンテル(まぐさ石)とアーチの間の空間を彩る壁面装飾
- アーキヴォールト(飾り迫縁):ティンパヌムの上部のアーチ装飾
- 王のギャラリー:ファサードに設けられた国王や聖人らの彫像群
- スパイア:西ファサードなどに設置された大尖塔
- フレッシュ:屋根に設置された尖塔。スパイアの一種
- ピナクル:装飾用の小尖塔
- ガーゴイル:悪魔や怪物をかたどった雨樋(あまどい)で、雨水の排出口
- グロテスク、キメラ:悪魔や怪物をかたどった彫刻で、雨樋としての機能は持っていません
- クワイヤ:もともと聖職者が聖書を朗読する聖書台が置かれた場所で、やがて聖歌隊が聖歌を歌う場所になりました
- クワイヤ・スクリーン:内陣(神像や祭壇を収めた聖域)の一部であるクワイヤと外陣(げじん。一般参拝者が訪問可能なエリア)である身廊を隔てる仕切り。ルード・スクリーンあるいはチャンセル・スクリーンとも
■レンガ・ゴシック/ブリック・ゴシック、木造ゴシック
ロマネスク様式は各地の文化の中で発達しました。
一方、フランス北部やドイツで発達したゴシック様式はフランク王国や神聖ローマ帝国が整備したいわゆる「帝国の道」や北海・バルト海交易といった商業の発達によって西ヨーロッパ、北ヨーロッパ、中央ヨーロッパなどに伝えられ、目指すべきスタイルとなりました。
北海・バルト海沿岸部の低地では高品質の石が入手しにくかったため、粘土を型枠に入れて焼いた焼成レンガが多用されました。
こうしたレンガを利用して当初はロマネスク様式、後にはゴシック様式の教会堂が建設されました。
これらをレンガ・ロマネスク様式(ブリック・ロマネスク様式)、レンガ・ゴシック様式(ブリック・ゴシック様式)といいます。
レンガ・ゴシックは特にリューベック①とハンザ同盟が北海・バルト海交易を制するとこれらの沿岸部に広がっていきました。
また、南フランスにもフランス王国が地中海まで勢力を広げた13世紀のアルビジョワ十字軍の遠征後にゴシック様式がもたらされ、地元のレンガ建築と融合してレンガ・ゴシックが普及しました。
最たる例がアルビ②で、南フランスのレンガ・ゴシックの最高峰とされる建物がアルビのサント=セシル大聖堂です。
一方、石造建築の技術を持たないカルパチア山脈③④などの山地では地元の木造建築の技術を活かしてゴシック様式の教会堂を建設しました。
ゴシック様式はもともと柱梁構造で木造軸組構法に近いこともあり、頻繁に模倣されました。
※①世界遺産「ハンザ同盟都市リューベック(ドイツ)」
②世界遺産「アルビの司教都市(フランス)」
③世界遺産「ポーランド、ウクライナのカルパチア地方の木造教会(ウクライナ/ポーランド共通)」
④世界遺産「カルパチア山脈地域のスロバキア地区の木造教会群(スロバキア)」
■国際ゴシック、イタリア・ゴシック
ゴシック美術は北フランスではじまりドイツやスペイン、イギリスへ広がりましたが、イタリアではメインストリームにはなりませんでした。
イタリアにはローマ時代の十分で多彩な手本があったため、ロマネスクの時代からルネサンス的な幾何学構造を重視した質の高い芸術様式が展開されており、それを煮詰める方向で発展していきました。
そんなイタリアで広がったゴシックの潮流の一例が「国際ゴシック」です。
ひとつのきっかけは1309~77年にかけて教皇庁がイタリアのローマ①②から南フランスのアヴィニョンに移された教皇のバビロン捕囚(アヴィニョン捕囚)で、教皇たちはフランスの建築家やイタリアの芸術家を呼び寄せて教皇庁宮殿③などを建設・整備しました。
これによりフランスのゴシック様式とイタリアのロマネスク様式やゴシック様式、初期ルネサンス様式が融合したスタイルが確立されました。
こうしてイタリアでは折衷的なゴシック様式が普及しました。
重厚なロマネスク様式にバラ窓や尖頭アーチを組み合わせ、イタリア北部のロンバルディア帯(屋根下のノコギリ状のアーチ装飾)やロッジア(柱廊装飾)、ポリクロミア(縞模様)といった装飾を導入し、ヴェローナ・ゴシック④やシエナ・ゴシック⑤といった地方色の強いゴシック様式が生み出されました。
また、ルネサンス発祥の地フィレンツェにおいてもサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂⑥の写真を見てもわかるように、ルネサンス様式ながらバラ窓や尖頭アーチ、ティンパヌムなどにゴシック建築の意匠が取り入れられました。
こちらはルネサンス様式との折衷となっています。
もともとロマネスク→ゴシック→ルネサンス→バロックという分類や変遷はシームレスなものであるうえに、イタリアでは多彩な様式を混在させた折衷的な建物が多く、確たる分類は難しくなっています。
※①世界遺産「ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂(イタリア/バチカン共通)」
②世界遺産「バチカン市国(バチカン)」
③世界遺産「アヴィニョン歴史地区:教皇庁宮殿、司教関連建造物群及びアヴィニョン橋(フランス)」
④世界遺産「ヴェローナ市(イタリア)」
⑤世界遺産「シエナ歴史地区(イタリア)」
⑥世界遺産「フィレンツェ歴史地区(イタリア)」
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シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」、第11回はルネサンス建築を紹介します。