エッセイ4:太陽の東、月の西

ある朝、タハイの芝の上に座り込み、水平線を見つめていた。

水平線ははるか彼方で丸まって、そのまま視界から消えてゆく。

地球は丸い。

自明だ。

 

空を見上げるとスカイブルーに満たされた。

青と白とわずかな黄色を混ぜたスカイブルーの空はとても軽い。

やがてぼくの影がぼくの足跡に隠れて消えるころ、この空は熱帯特有の重い青に変わる。

 

そんな空の所々にまっ黒な雲が浮いている。

雲は海に影を落しかけ、雲と影の間は霧のようににじんでいる。

スコールだ。

そんな雲があちらこちらに浮いていて、この海のあちらこちらでスコールが荒れている。

 

大洋のドラマを水槽を眺めるようにタバコをふかしながら見つめていた。

目の前から2,500キロ。

東に向かっても1,700キロにわたって島はない。

 

だからこの景色はぼくのもの。

「ウソだよ」

すねたように海に背を向けてたたずむモアイの背中を叩く。

 

毎日寝転んで、毎日空を眺めていた。

そしたらある日、空から男の声が降ってきた。

「馬に乗らないか?」

 

水槽の中から男の顔を見上げた。

男の顔はメスティソの顔とは違ってとてもアジアだ。

頭にはターバンを巻き、Tシャツとジーンズ。

厚くて引き締まった皮膚は熱帯の太くて重い太陽光を弾き返す。

 

「3$だ」

ぼくは笑った。

「OK」

「じゃあここで待ってろ」

男はそう言って馬を走らせた。

 

眠っていると、5百年前の住居跡やそれを囲う垣根の間から羊の群れが湧いてきて、周りの草を食みはじめた。

指を滑らせたら切りそうな、そんな葉っぱに噛み付いて持ち上げると、草はたまらず大地から引き剥がされる。

羊は顎をずらしてすりつぶし、次の雑草にかぶりつく。

羊には首輪もロープもないけれど、いつもの散歩コースを知っているのかみんなゆっくりと北に向かって進んでいる。

 

「名前は?」

「ダイ」

「ダイ、これがダイの馬だ」

そう言って馬を曳いて見せた。

 

ぼくは鐙を蹴って馬に駆け上がる。

よし、OK、いい馬だ、さあ行こうぜ――

そう思って男を見ると、シッシッと最後尾の羊を追っている。

 

「オイ、羊も一緒なのか?」

「もちろんだ」


羊たちは海岸沿いをゆっくり進む。

男は特に話しかけることもなく、時おり遅れた羊たちを追い追い、あとはほとんど瞑想している。

瞑想しているといっても目をつぶっているわけではなく、目の焦点をあわせず、ただ馬に乗っている。

何かを見ることも感じることも考えることもなく、ただ馬に乗っているのだろう。

 

羊たちは海岸に自生する草を食む。

海岸にはいたる所にアフと呼ばれる石組がある。

ペルーのクスコやマチュピチュにあるのと同じような精巧さというが、ペルーで目にしたものとは随分違う。

上の方なんて細長い岩を乗せただけだ。

そんな石組が大洋のはるか彼方を眺めている。

 

「なぁ、このアフってのはいったい何なんだ?」

「知らん」

「家なのか? 祭壇か?」

「知らん」

「じゃあモアイは?」

「知らん」

 

羊たちは迷路のようなアフの中にも入っていくが、しばらくすれば勝手に出てきて勝手に列に追いついている。

男の仕事なんてほとんどない。

 

「ダイ、用事があるからちょっと見ててくれ」

そう言うと男は手綱をひき、あっという間に飛び去った。

 

ぼくは羊に引かれて海岸沿いをゆく。

磯場が続くが、所々に入り江のような砂浜がある。

海はそこだけ翡翠だ。

馬を駆けさせて海に入れようとするのだが、馬はどうしてもイヤだとダダをこねる。

 

振り返ると羊たちがいなかった。

でも心配ない。

海岸からはすべて浅い上り坂。

山の斜面まで一望できる。

それになぜだかイースター島には背の高い樹木がない。

あっても川の周辺に少しだけ。

あるいは人工的なヤシ畑だけ。

 

遠くに羊たちが見える。

羊たちは荒野に毛が生えたような土地で、ひときわ白く輝いている。

その向こうに7体のモアイがぼくらを見つめていた。

海岸と平行に規則正しく整列し、モアイはぼくらを貫いて、空と海を見つめていた。

 

 * * *

 

モアイはいつも空と海を見つめていた。

最近クレーンやらなんやらで立たされるまでずっと荒野の中で寝転がっていたんだろうけど、それでも寝そべって空か海か大地を見ていたに違いない。

 

何年間、眺めているんだろう。

 

この孤島が西洋に発見されたのは1722年のイースターの日。

オランダのヤコブ・ロゲフェーンは「栄養失調の未開人が貧しく暮らしていた」と書く。

1774年にはイギリスのキャプテン・クックがここを訪れた。

クックはポリネシアの島々で水や食料を調達しながら航海を続けていたが、イースター島では十分な食料はおろか、真水さえ手に入れられなかった。

航海日誌にはこう書いている。

 

「これほど船のための新鮮な食料や便宜を与えることの少ない島は、ほとんどない……自然は、人間が食べたり飲んだりするのに適したものを、この島にほとんど与えていない」

(増田義郎訳『クック 太平洋探検 1~6』岩波文庫)

 

クックはこの島の探索をあきらめ、足早にイースター島を後にする。

これだけならイースター島はただの貧しい島だった。

ところがイースター島にはモアイがあった。

 

モアイは最大で高さ20m、重さ200t。900体を超えるモアイがそこにあった。

未開人たちは鉄器も車輪も綱すら持たない。

モアイなど作れるはずも動かせるはずもなかった。

 

 * * *

 

羊たちはアキピのモアイを曲がると、泥道に沿って歩き出した。

羊たちが車を止める。

 

"Hello"

手を振りながら白人たちがぼくを写真に撮る。

モアイと一緒に撮りたいからもうちょっと右に動いてくれ。

ハイハイ、どうぞ。

 

羊たちは草を食み続ける。

いつ見ても草を食んでいる。

食みながら丸いフンをコロコロ転がしている。

そのフンをミミズが食べて土になる。

土は草を育てて花が咲き、羊がそれを食べる。

 

男が戻ってきて黙ってタバコに火をつけ、ぼくに差し出した。

ぼくはひと吸いして肺にためる。

男にタバコを返す。

ぼくは声を立てて笑う。

男も大笑い。

 

羊を小屋に戻すと男はぼくを海に連れ出した。

岩を下りて洞窟に入り、打ち寄せる波の音に揺れながら一緒にタバコを吸った。

男は壁画を見せてくれた。

鳥人が描かれている壁画だ。

ぼくは声を掛けた。

 

「結婚してるのか?」

「ああ」

「子供はいるのか」

「3人いる」

「かわいいか」

「ああ」

 

太陽が西の空に傾いて洞窟を赤い光で満たす。

 

 * * *

 

この洞窟で原住民の遺骨が発見された。

その骨の一部は鈍器で殴り潰されていた。

モアイを千体も作るほど栄えたこの島も、やがて人口が増えてすべての熱帯雨林を食べつくし、モアイを倒しあう大戦争を経て、人を食べるまでに飢えたという。

 

1722年にロゲフェーンが発見したとき、すでに文明は失われていたが、新たな人々が新しい時代を生きていた。

その人々も大航海時代全盛の18世紀、奴隷貿易によって連れ去られた。

 

やがてこの島にこの男の先祖たちがやってきて、この島に住みついた。

彼らは羊やタバコやヤシを持ってきて、育て、生きた。

 

 * * *

 
「島の生活は楽しいか?」

「ああ」

「観光の仕事はしないのか?」

「しない」

「なぜ生きるんだ?」

「家族のためだ」

 

水平線に四角く歪められた大きな太陽が海に溶け出した。

オレンジ色の海の中で船みたいな半月が揺れている。

 

モ・アイ。

モは未来、アイは生きるを意味する。

Dai@チリ、イースター島


News

★姉妹サイト「世界遺産データベース」を制作中です。現在、ヨーロッパの世界遺産を執筆しています。

★世界遺産カテゴリー "WORLD HERITAGE" にて新シリーズ「世界遺産で学ぶ世界の建築」を立ち上げました。世界遺産を通して世界の建築を学びましょう。

 →世界遺産で学ぶ世界の建築

★世界遺産カテゴリー "WORLD HERITAGE" にて新シリーズ「世界遺産検定攻略法」が始動! 最難関の1級とマイスター攻略を中心に、受検戦略や学習法を紹介します。

 →世界遺産検定攻略法

E-book

■Amazon Kindle

■楽天Kobo

自然遺産候補地「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の魅力を解説
自然遺産候補地「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が5月に登録勧告を得て7月の正式登録が確実なものとなった。その内容を紹介する。クリックで外部記事へ
文化遺産候補地「北海道・北東北の縄文遺跡群」の魅力を解説
2021年7月に世界遺産登録の可否が決まる文化遺産候補地「北海道・北東北の縄文遺跡群(北海道・青森・岩手・秋田)」の魅力を解説する。クリックで外部記事へ

Topics

 

・All About 世界遺産 新記事

 北海道・北東北の縄文遺跡群

 奄美・徳之島・沖縄島・西表島

 2019年新登録の世界遺産

 ンゴロンゴロ/タンザニア

 イエローストーン/アメリカ

 

・その他

『朝日新聞 世界の扉』記事執筆。『Fine』自然遺産特集執筆。『地球の歩き方 MOOK 世界のビーチBEST100』『ノジュール』に旅のスペシャリスト・達人として参加。『PEN』でアフリカの世界遺産執筆。『MONOQLO』世界遺産特集取材協力。『女性セブン』で日本の世界遺産を解説。エクスナレッジ『聖地建築巡礼 世界遺産から現代建築まで、73の聖地を巡る旅』、洋泉社ムック『負の世界遺産』執筆。RKBラジオ、FM TOKYOで世界遺産特集出演。その他企業・大学広報誌等。

New articles

<旅論:たびロジー>

1.あなたは幸せですか?

.麻薬は悪? ゴキブリは汚い?

.裸とワイセツ

 

<エロス論:エロジー>

.遊びの本質

.おいしい、美しい、気持ちいい

.文化SM論

 

<絵と写真の話>

.アートと魂~抽象画とポロック

.ロスコの扉 ~ロスコ・ルーム~

10.写真と抽象芸術~グルスキー

 

<哲学的探究:哲学入門>

1.哲学とは何か?

2.「正しい-間違い」とは何か?

3.証明とは何か?

4.わかる・理解するとは何か?

5.力とは何か? 波とは何か?

6.物質とは何か?

7.見る・感じるとは何か?

8.空間とは何か?

9.時間とは何か?

10.物質と時間を超えて

以下続く。

 

<哲学的考察:ウソだ!>

.無と偶然

.ことだま-はじめに言葉ありき

10.物質とは何か?

11.神とは何か?-一神教と多神教

 

<世界遺産NEWS>

世界遺産最新情報/ニュース

 

<世界遺産ランキング集>

登録基準に見る世界遺産

世界の七不思議

国内集計の世界遺産ランキング

海外集計の世界遺産ランキング

世界遺産国別ランキング

 

<UNESCOリスト集>

日本の遺産リスト

無形文化遺産リスト

世界の記憶リスト

世界遺産リスト

ユネスコエコパーク・リスト

世界ジオパーク・リスト

創造都市リスト

世界危機言語アトラス・リスト

 

<世界遺産の見方>

知性的鑑賞法

感性的鑑賞法

異文化理解の方法論

正しい・間違いの基準

星と大地と古代遺跡

 

<味わう世界遺産>

.王様のワイン トカイ

.命の水 テキーラ

.ポルトガルの宝石 ポート

.神の贈り物チョコレート

 

<世界遺産で学ぶ世界史>

01.宇宙と地球の誕生

02.大陸の形成

03.地形の形成

04.生命の誕生

05.生命の進化

06.人類の夜明け

07.文明の誕生

08.エジプト文明

09.インダス文明

10.中国文明

以下続く。

 

<世界遺産で学ぶ世界の建築>

01.建築の種類1:城と宮殿

02.建築の種類2:宗教建築

03.建築の種類3:メガリス

04.木造建築の基礎知識

05.石造建築の基礎知識

06.ギリシア建築

07.ローマ建築

08.ビザンツ/ビザンチン建築

09.ロマネスク建築

10.ゴシック建築

以下続く。

 

<世界遺産写真館>

1.文化交差路サマルカンド1

2.文化交差路サマルカンド2

3.アッパー・スヴァネティ

4.グラナダのアルハンブラ宮殿1

5.グラナダのアルハンブラ宮殿2

6.コトル

7.プレア・ヴィヒア寺院

8.福建の土楼1

9.福建の土楼2

10.フォンニャ=ケバン国立公園1

以下続く。

 

<世界遺産攻略法>

1.世界遺産検定攻略の理念と背景

2.世界遺産検定の概要

3.試験戦略の一般論

4.試験戦略の理念

5.世界遺産検定の受検戦略

6.試験勉強の3要素

7.世界遺産検定 最効率学習法

8.時事問題・世界史・検定講座

9.マイスター試験の概要

10.マイスター試験問1・2対策

11.マイスター試験問3対策

12.マイスター試験時間術&解答術

Blog

Link

Search

Site map

○Travel[旅]

○World heritage[世界遺産]

○Art[芸術]

○Logic[哲学]

○Library[私的図書館]

○Profile[プロフィール]

○Work[仕事について]

○Inquiry[お問合せ]

○Blog[ブログ]

※本サイトはリンクフリーです