哲学的考察 ウソだ! 13:映画『マトリックス』哲学的考察1 ~世界とは何か?~
これまでシリーズ3作が公開されている映画マトリックス・シリーズ。
共同監督を務めたラリーとアンディのウォシャウスキー兄弟(現・ウォシャウスキー姉妹。ふたりとも性転換している)がインタビューでボードリヤールらの名前を出していることからも理解できるように、哲学的要素がきわめて強い内容となっている。
ところが、この映画を哲学的に捉えた考察というのをほとんど読んだことがない(あまり探してもいないけれど)。
ということで、いまさらではあるがこれまでのマトリックス・シリーズを解説し、そのうえで哲学的に考察してみたいと思う。
当然ネタバレ情報を含んでいるので見ていない人はご注意を。
シリーズの3作は順番に以下となっている。
- マトリックス "The Matrix"
- マトリックス リローデッド "The Matrix Reloaded"
- マトリックス レボリューションズ "The Matrix Revolutions"
また、『リローデッド』公開前には全9話のオムニバス・アニメとして以下が公開されている。
- アニマトリックス "The Animatrix"
以下ではそれぞれ『マトリックス』『リローデッド』『レボリューションズ』『アニマトリックス』と表記する。
* * *
■序論:哲学書の読解法と3作完結の真意
哲学書を読むにあたってきわめて重要な原則が以下だ。
- すべてのテキストは論理的であり、正しいものと捉えること
哲学の目的は「真理の探究」であり、論理という唯一の武器を使って細部まで入念に展開されている。
哲学書の表現は時に複雑で難解を極め、矛盾に満ちているように感じられることも少なくない。
しかし、そうした疑問がすべて解消されるような視点・角度・切り口を探すのだ。
マトリックス・シリーズの3作を撮り終えて、ウォシャウスキー兄弟は当時このように語っていた。
「シリーズは完結した。続編はない」
物語的には最終作『レボリューションズ』のラストはまだまだ途中で、続編の余地はいくらでもあるように思える。
にもかかわらず完全な終了、「完結」だと言い切る。
ここにこそマトリックス・シリーズ解釈の「核」がある。
マトリックス・シリーズの哲学的考察はこの視点・角度・切り口の探究でなくてはならないだろう。
* * *
■第1作『マトリックス』の解説とポイント
突然PCに浮かび上がる文字。
"Wake up, Neo..."
"The Matrix has you..."
「起きろ、ネオ。マトリックスが君を捕らえている……」
この世界は何かおかしい――
主人公のトーマス・A・アンダーソン、ハンドルネーム=ネオは世界に違和感を持っていた。
だからこの言葉にピンときた。
そして世界の真実を知り、人々を覚醒に導くというモーフィアスという人物と出会う。
モーフィアス:君は運命を信じるか?
ネオ:いや
モーフィアス:なぜだ?
ネオ:人生は自分で選択するものだ
モーフィアス:君が言うことはよく分かる
この世界は歯車のような機械仕掛けなのだろうか?(機械論)
すべてがアクション-リアクション、原因-結果という反応から成立しているのであればこの世界には自由も偶然もなく、未来は必然的に定まっていることになる(運命論)。
その場合、人間は反応するだけの機械で、感覚や感情はただの付随物にすぎない(随伴現象説)。
こうした運命論をネオは拒絶し、モーフィアスは賛同する。
ネオ:真実とは?
モーフィアス:君が奴隷だということだ。君は囚われの身で匂いも味覚もない世界に生まれた。心の牢獄だ
そしてモーフィアスは青と赤、ふたつのタブレットを示す。
モーフィアス:青を飲めばここで終わりだ。ベッドで目が醒め、後はお好きに。赤を飲むなら、このままこのワンダーランドの正体を見せよう。忘れるな、見せるのはあくまでも真実だ
ネオは赤のタブレットを飲み、昆虫の卵のようなカプセルの中で覚醒してモーフィアスたちに救出される。
モーフィアス:真実の世界にようこそ "Welcome to the real world!"
20世紀末の世界はマシーンによって構築されたシミュレーション世界であり、現実世界はマシーンたちに支配され、人類はマシーンに電力を供給する生体電池として眠ったまま栽培されていた。
マシーンたちは眠っている人間の脳にプラグを刺して電気信号を送り込み、仮想現実を現実だと思わせて管理していた。
「マトリックス」と呼ばれるのはこのシミュレーション世界のことだ。
モーフィアス:現実とはなんだ? 現実と幻覚の明確な区別はない。五感で知覚できるものを現実というなら、それは脳による電気信号の解釈にすぎない
モーフィアスは戦闘シミュレーションの中で、考えるのではなく、体感して知ることの大切さを強調する。
そしてモーフィアスはネオこそ世界を救う救世主="The one" であると考えていた。
モーフィアス:考えるな、知れ "Don't think you are, know you are!"
一方、モーフィアスの戦友であるサイファーの考えは違った。
「楽しければシミュレーションでも構わない」とし、マトリックス内での高い地位と引き替えにモーフィアスたちをエージェントに売る。
「エージェント」はマトリックス世界の管理プログラムで、物理法則や人間の筋力的限界をはるかに超えた超常的な能力を持ち、人間なら誰にでも憑依する(乗り移る)ことができる。
マトリックスから目覚めようとする人間や超能力などの超常的な能力を開花させた能力者=アノマリーや、マシーンの管理を離れた脱走プログラム=エグザイルを探索し、消去することを任務としている。
シリーズを通してスミス、ブラウン、ジョーンズなどのエージェントが登場する。
ネオは自分の使命を知るために預言者=オラクルを訪ねる。
オラクルの元にはアノマリーたちが超能力を磨いていた。
スプーン曲げを行っていた少年僧は言う。
少年僧:スプーンなんて存在しない。自分が曲がるんだよ
キッチンに掲げられているレリーフを示してオラクルは言う。
オラクル:その意味がわかるかしら? ラテン語よ。意味は「己を知れ」。ひとつヒントをあげましょう。"The one" であることは恋をするのと同じ。それは自分にしかわからない。心と身体、すべてが実感するのよ
ネオはオラクルから、自分はモーフィアスらに期待されている "the one" ではないとの宣告を受ける。
しかし、オラクルは同時にこう続ける。
オラクル:運命なんてけっして信じちゃダメ。人生は自分で決めるものよ
未来が確定しているから預言は可能になる。
しかし、オラクルは確定している未来=運命を信じるなと言う。
ネオは手渡されたクッキーを食べる。
これ以降、オラクルと数度会うことになるが、そのたびにキャンディなどの食べ物を受け取っている。
クッキーやキャンディを摂取させることで、ネオのプログラムを書き換えているのだろう。
マトリックスから脱出する最中、モーフィアスがエージェントに捕まってしまう。
エージェントの目的は、目覚めた人間が集まる人類最後の地下拠点都市・ザイオン侵略のための暗証コードを聞き出すこと。
スミスはモーフィアスに、このマトリックスは最初のものではないと語る。
最初のマトリックスはいっさいの無駄がない完全な理想郷としてプログラムされたが、中に入った人間はマトリックスを受け入れることができずに絶滅してしまった。
人間の原始的な脳は完全を理解できず、不幸や苦しみがないと現実を認識できない不完全なものだった。
そこでマシーンは不確実性を取り入れ、人間に「選択」を行う権利を与えた。
現実世界ではザイオン・コードが漏れることを恐れ、モーフィアスのプラグを抜こうとしていた。
現実世界の死はマトリックス内の死を意味し、逆にマトリックス内の死も現実世界の死となる。
そしてマトリックスにいるときに現実世界でプラグを抜かれても死んでしまう。
しかし、ネオは悟る。
ネオ:偶然ではない。選択だ
オラクルは、いずれネオが自らの命と引き替えにモーフィアスを救うか否かという選択を迫られることを示唆していた。
しかし、ネオは感じる。
タンク:オレも彼を助けたい。だが、それは自殺行為だ
ネオ:オレは死なない。感じるんだ。モーフィアスは自らの信念のために命を投げ出した。その意味がわかったから行くんだ
タンク:なぜだ?
ネオ:信じているからだ
トリニティ:何を?
ネオ:彼を連れ戻せると
ネオは信じはじめていた、人を、いまを、自分を。
そしてトリニティもまた信じはじめていた。
しかし――
ネオはエージェントに撃たれ、心臓は停止してしまう。
モーフィアスたちは愕然とする。
しかし、トリニティは立ち上がる。
トリニティ:もう恐れない。オラクルは言ったわ。私が愛した人が本当の "the one" だと。だから死なない。死ぬはずがない。あなたを愛しているから。聞こえる? 愛してる。(キス) さあ、立って!
ネオは立ち上がる。
マトリックスはコードを剥き出しにしてその本来の姿を表していた。
ネオはスミスの攻撃をものともせずに反撃し、スミスの内部に入り込んで破壊する。
ネオはトリニティのキスによってプログラムが書き換えられ、"the one" として覚醒した。
何かを食べたり、キスしたりといった交流によってプログラムは書き換えられ、運命は変わる。
そしてスーパーマンのように空に舞い上がり、エンディングを迎える。
* * *
■第2作『マトリックス リローデッド』の解説とポイント
ネオはトリニティを失う夢に悩まされていた。
同時に、自分の使命を探し求めていた。
ネオ:自分が何をすべきか知りたい。それだけだ。それがわかれば……
一方、エージェント・スミスには大きな変化が起こっていた。
メイン・コンピュータの統制から外れ、自由に動くことができるようになったのだ。
ネオに贈ったレシーバーはその象徴だ。
前作でネオに体内への侵入を許した際にプログラムが一部、書き換えられたのだろう。
他の人間やプログラムを自らに書き換える能力を身につけていた。
さらにスミスは電話回線を経てベインの身体を乗っ取り、現実世界にまで進出を果たす。
ザイオンで、ネオはスプーンを手渡される。
マトリックスにいた少年僧からの贈り物だ。
少年僧は言っていた、スプーンは存在しない、自分が曲がるのだと。
現実世界は本当に現実なのか?――
現実とはなんなのか?――
ネオはふたたびオラクルと会う。
オラクルはプログラムであり、もともとはマシーンが構築したシステムの一部だ。
オラクルはキャンディを手渡すが、ネオは受け取るのを躊躇する。
ネオ:受け取るか否か、あなたはすでに知っているのか?
オラクル:知らなかったら預言者じゃないわね
ネオ:それならどこに選択の余地があるんだ?
オラクル:あなたは選択のためにここに来たんじゃない。あなたはすでに選択している。あなたはなぜ選択したのか理解するためにここに来たのよ
マトリックスが正常に機能している間は誰もその存在に気づかない。
しかし、不確実性を取り入れたシステムはさまざまなエラーを生む。
一部の人間はマトリックスに違和感を持ち、マトリックスから目覚める者や超常的な能力を持ったアノマリーが生まれる(一例がネオやモーフィアス、少年僧)。
また、プログラム側でも中央の統制から外れたエグザイルが誕生する(一例がオラクルやセラフ、ウイルス化したスミス)。
オラクルはネオにソース(ソースコード)に行けと言う。
すべてを終わらせる答えがそこにある、と。
ネオたちはエグザイルであり情報管理プログラムであるメロビンジアンと会い、ソースにたどり着くための鍵を持つキーメーカーの居所を尋ねる。
メロビンジアン:君たちはひとつの普遍的な世界が存在していると思うのか? ただひとつの本当の真実があると思っているのか? 因果律、アクション-リアクション、原因-結果が結びついた世界が……
モーフィアス:すべては選択によってはじまる
メロビンジアン:違う。間違いだ。選択は作られた幻想だ
メロビンジアンは自分がプログラムしたという媚薬入りのケーキを女性に食べさせる。
女性は自らの内に生じた情動にとまどいを隠せない。
メロビンジアン:彼女にはなぜかわからない。ワインのせい? 違う……。そしてすぐに疑問は消え去り、感覚そのものに支配される。これが世界の本性なんだよ。我々はそれに抵抗したり否定しようとするが、それはもちろん見せかけ、ウソだ。平穏を装った外見のすぐ下に完全に抑制を失った我々がいる。コントロール不能。それが真実だ。因果律だよ。そこから逃れる術はない。我々は永遠にその奴隷なのだよ。
我々の唯一の望みは、唯一の平和は、その理解、理由の理解だ。なぜ? これこそ君たちと私の違いだ。なぜ? これは唯一の、本当の力の根源だ。それなしでは力は得られない。君たちは理由も知らないで力も持たず私の元に来た。機械の中の噛み合わない歯車だ
メロビンジアンはネオたちの依頼を断り、女性が消えたトイレへ向かう。
感情を否定しつつ、フランス語の語感やワインの香りを愛するメロビンジアンは情欲にきわめて従順だ。
任務失敗かに思われたが、メロビンジアンの妻でありエグザイルであるパーセフォニーが待っていた。
彼女は条件によってはキーメーカーに引き合わせるという。
要求はネオとのキスだ。
パーセフォニー:彼女(トリニティ)にキスをするように私にキスして
ネオ:なぜ?
パーセフォニー:あなたは彼女を愛してる。彼女もあなたを愛してる。ふたりともね。私も昔、それがどんなフィーリングなのか知っていた。思い出したいの。そのきっかけよ。それだけ、ただのきっかけ。
そしてネオの熱いキスを受けたパーセフォニーは言う。
パーセフォニー:ああ、そうだわ。これよ
マシーンやプログラムは感情を理解することができないはずだ。
しかし、パーセフォニーはそれを理解しており、昔はメロビンジアンもそうだったと語る。
キーメーカーを手に入れたネオはモーフィアスやトリニティの助けを得てついにソースに到達する。
そこにいたのはマトリックスの設計者=アーキテクトだ。
アーキテクトによると、現在のマトリックスは6作目にあたるという。
最初の完全なマトリックスの中では人間は生きられなかったが、不確実性を取り入れ、選択を与えることで99.9%の人間がマトリックスを受け入れるようになった。
その選択プログラムを書いたのがオラクルだ。
アーキテクトをマトリックスの父であるとすれば、オラクルは母に当たる。
不確実性は人間の精神的安定と引き替えに、エラーとして超常現象やアノマリー、エグザイルを生み出した。
こうしたエラーはエージェントによって駆除され、エージェントはアップデートを繰り返して対応する。
『アニマトリックス』では人間の限界を超えた結果目覚めてしまったアスリートや(「ワールドレコード」)、物理法則が狂ってしまった幽霊屋敷を正常化するエージェントの様子が描かれている(「ビヨンド」)。
そして "the one" もマトリックスを安定させるためのプログラムのひとつだと言う。
さらに、0.1%の目覚めてしまったアノマリーを隔離しておくために造られた地下都市がザイオンだ。
ネオもザイオンの人々もマシーンの手中で踊っているにすぎなかった。
人類の中から選ばれた "the one" は超常的な力を持ち、マトリックス内の人間を守るためにシステムの安定を求めて活動する。
マトリックス内における死は現実世界の死に直結するため、システムの安定は人類の存続に不可欠であるからだ。
また、マトリックス内の人間を覚醒させようとしても、ある一定の年齢を超えると現実世界を受け入れられずに精神崩壊を起こすため、やはりマトリックスが必要となる。
こうした対策にもかかわらず、やがてエラーは拡大し、マトリックスを飲み込んでダウンする。
それが意味するのは人類の滅亡だ。
マシーンにとっても電力を供給する人間の絶滅は避けなくてはならない(マシーンの活動レベルを下げれば対応可能で致命的なものにはならないとも語っている)。
このようなシステム・ダウンを防ぐために、アーキテクトは定期的にマトリックスをバージョンアップしてリロード(再読み込み)しているのだという。
これがタイトル『マトリックス リローデッド』の由来だ。
これまで5人の "the one" が存在し、5回のリロードが行われてきた。
リロードする際、必要になるのが "the one" の情報だ。
アーキテクトは不確実性、つまり人間の感覚や感情が理解できない。
選択プログラムを書いたオラクルもエグザイルとなって去ってしまった。
そこでアーキテクトはソースに "the one" の情報を取り込み、新たなマトリックスに反映させていた。
そしていま、アーキテクトはネオに2つの選択肢を与える。
アーキテクト:いよいよ真実の時が来る。人間の根本的な欠陥が現れ、矛盾が明らかになる。それは始まりで、そして終わりだ。ドアは2つある。右はソースへ通じ、ザイオンを救える。左は彼女のいるマトリックスに通じ、君たち種族は滅亡する。君が言ったように問題は選択だ。
だが、すでに選択は明らかだ。連鎖反応が見える。脳内の化学反応はある感情を示し、論理や理性を圧倒する。感情のせいで君にはシンプルで明らかな真実も見えない。彼女は死ぬ。君には止める方法がない。「希望」は人間の典型的な妄想だ。最大の強さであり、弱さの源泉でもある
右の扉の先にはソースがあり、ネオを取り込んでマトリックス・バージョン7がロードされる。
現行のザイオンは滅びるが、女性16人・男性7人を選んでザイオンは再建され、システムはより安定して再起動を果たす。
左の扉の先には現行のマトリックス・バージョン6がある。
そこではトリニティが銃で撃たれて瀕死の重傷を負っており、ビルから落下しているただ中だ。
トリニティを救えたとしても、やがてエラー、特にスミスの増殖によるエラーが拡大してマトリックスはダウンするだろう。
ザイオンにもマシーン部隊が討伐に出ており、人類滅亡は免れない。
しかし、ネオは躊躇なく左の扉を選択する。
トリニティを選択する。
アーキテクトはその非合理的で感情的な行動にあきれて言う。
アーキテクト:君のリアクションは実に興味深い。前任の5人は一般的な愛情で動いたが、君は特別な、1対1の愛だ
ネオはトリニティの救出に成功するが、現実世界ではネオたちが乗るネブカドネザル号にマシーン部隊の探査・攻撃ロボットであるセンチネルが迫っていた。
ネブカドネザル号がダメージを受けて不時着すると、ネオは奇妙な感覚に襲われる。
センチネルたちの気配がわかるのだ!
そして現実世界でもマトリックスにいるときのような超常的な力を発揮してセンチネルを撃退する。
現実世界は本当に現実なのか?――
現実とはなんなのか?――
そして気を失ったネオと、スミスの魂が宿ったベインが現実世界のベッドで並んで眠っているところでエンディングを迎える。
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次回の後編ではシリーズ第3作『レボリューションズ』のあらすじとポイント・問題点を解説したのち、明らかになった数々の問題点を消去し、マトリックス・シリーズが3作で完結している理由を哲学的に探究する。