哲学的考察 ウソだ! 3:性善説VS性悪説

「私は性善説の立場に立って考えています」
よく聞くセリフだ。
「世の中が完全に自由になったら犯罪にあふれる。人の性は悪だ」
これも聞き飽きた。
性善説・性悪説、本当のところ、どちらが正しいのだろうか?

 

まず、性善・性悪の意味を考えてみよう。

「性(さが)」とは生まれつきの性質を意味する。
生まれつきだから、育てられ方や時代・文化などに関係なく、人類誰もが例外なく持っている性質ということになる。
その普遍的な性質のうち、「性善」は生まれつき人が善の性質だけを持っていることを、「性悪」は生まれつき悪の性質だけを持っていることを主張しているわけだ。

次に、「善」とはなんだろうか?
大辞林によると、一般的な意味は「よいこと。道理にかなったこと。また、そのようなおこない」とある。
じゃあ、「悪」ってなんだろう?
「わるいこと。否定すべき物事。道徳・法律などに背く行動や考え」とある。

ちょっと待ってくれ。
そうすると、たとえば赤ん坊のとき無人島に捨てられた子供がなんとかひとりで成長して大きくなったとする。
その場合、その野生児は言葉もしゃべれないのに「道理にかなったこと」、あるいは反対に「否定すべき物事」を知っているということになる。
赤ん坊の頃からオオカミに育てられたアマルとカマラや、ひとりで山で成長したアヴェロンの野生児もどちらかを知っていたということになる(いずれもその実在性は疑問視されているが)。

動物の例をあげよう。
たとえばフライド・ポテトを歩いて食べていたらカラスが飛んできて手からポテトを奪っていったとしよう。
カラスは悪なのか?

 

ネコがつかまえたネズミを持ってきてくれた。

ネコは善なのか?

 

善悪なんて関係なくはないか?
それを善と解釈するか悪と解釈するかは各人の解釈によるものだ。
野生児がいたとして、彼が街に現れてフライド・ポテトを奪ったからといって、善だの悪だの言っても仕方ないだろう。

そもそも。
善悪は人によってずいぶん判断基準が違う。
虐殺なんていう誰もが悪いと思うようなことだって、戦場では許されてしまうからこそ何万という兵士が手を貸したのだ。
ヒトラーやスターリンだって、きっとそれを完遂すれば理想の国が築けると考えて命令したはずだ。


彼らが本当に悪だったかというと、考え方次第ってことにはなるまいか?
考え方、つまりその人の価値観次第ということならば、当然後天的なもの=生まれつきのものではない、ということになる。

それにだ。
絶対的な善悪の基準がもともと人にあるのなら、どうしてこうまで価値観が多様化してしまうのか?
もともとあった基準が変わるのなら、絶対でも普遍でもないんじゃないか?

さらに。
もし善や悪が人の根本的な性質だとするならば、どうやって反対の性質が人から生まれてくるのか?
たとえば「性善説」が正しいとして、人はもともと善だというのなら、いったいどこから悪が生まれてくるのか?
最初に善しか心にないのであれば、善も悪もないんじゃないか?
「痛い」とか「おいしい」という感覚同様、ただそういう感覚がある、というだけの話ではないのか?
善を知っているというのは、悪という対概念も知っているということではないのか?

 

とすると、性善だろうが性悪だろうが、少なくとも下のように言うことができるのではないか。

 

1.性○説を証明するには、絶対的な善と悪が何かを証明しなくてはならない
2.そのうえで普遍が変化することを証明しなくてはならない
3.善や悪からその反対のものが生まれてくるメカニズムも解明しなくてはならない

 

ちょっと考えただけでも、これらがかなり難しそうだってことがわかる。
 

結局「○○こそ善だ」「○○こそ悪だ」と主張することは、「私はそう信じる」という信仰を告白しているだけなのではあるまいか。


仮に、「絶対的な善や悪は存在しない」ということにしよう。
この場合、「性善」「性悪」という言葉自体が間違いだってことになる。


だって「性」は生まれつきの性質だ。
そして「善悪」判断は時代や文化や思想によって変わる後天的なものだということになる。
一方で「生まれつき」と言い、一方では「生まれつきではない」と言っている。
完璧な矛盾だ。
まぁもっとも日常会話なら言葉の意味をそんなに厳密にとらえる必要はないんだけどね。

以上から言えることは、性善説・性悪説のどちらを唱えるにせよ論理的に無根拠で、単なる信条にすぎないということだ。
これを他人に押し付ける人がいるとすれば、それは原理主義だ。
もちろん、素直に「私は善を信じる」と言うのであればまったく問題はないしすばらしいことだと思う。

実は、おもしろいのはここからだ。
たしかに絶対的な善、絶対的な悪というのはよくわからない。
でも、すべての時代、すべての民族、すべての文化、すべての人間社会に例外なく「善悪の観念」は存在する。
意識のある人すべてにとって、善悪という物差し(軸)があることには例外がない。

ということは、「性・善悪説」こそが正しい。
そう言えるかもしれない。

では改めて、善悪とは何か?
なぜこれほどまでに普遍的なのか?
実はね……

これはまた別のお話。


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