グルメ8:鮨と旬 at 神田笹鮨
桜も見に行った。
春の魚も焼いてみた。
たんぽぽの香りも嗅いだ。
でも、今春、もっとも春を感じさせてくれたのは創業120年というお寿司屋さんだった。
このお寿司屋さんのブログにはこうある。
* * *
最近の当店は初めてお見えになる方が多いように見受けられます。
そういう方々のためにここでちょっぴりお知らせをさせていただきたく・・・。
題して『笹鮨と言う店は・・・』
・生ビールはございません
瓶ビール、しかも大瓶と小瓶です。
・焼酎のグラス売りはしておりません
もちろんサワー類なんかもありません。
・メニューはございません
「鮨」というものがあまりお分かりでない方には
大変つまらないお店だと言えましょう。
・一品料理はございません
「焼き物」や「煮物」、ましてや「揚げ物」などはありません。
鮨のみです。
・「おススメをお願いします」といわれましても、全てがおススメです。
・初めてのご来店では「並握り」に限ります。
・当店の日本酒は特選(昔で言うところの特級)です。
・当店はサービスがすこぶる悪いです。」
* * *
こんなこと書かれたら引くというもの。
しかも、だ。
入店したときの雰囲気がまた最悪。
奥のカウンターにはいかにも寿司通を気取った客。
その横にはちょい悪風の会社の上司とそれを慕う女子社員といった感じの、いかにも不倫カップル。
なんか気取った3人。
ひとり客は「これおいしいから頼んでみな、こちらにふたつ」と不倫カップルに青柳の寿司を注文する。
おじいさんほどのおやじさんは傍目にわかるほど渋々と握って黙々と寿司を出す。
こっちには振り向いてもくれない。
注文を聞きもしない。
コワッ。
やなとこ来ちゃったな。
やがてひとり客が帰る。
え、不倫カップルと一緒の客じゃないの?
しばらくしてふたりも帰る。
へんてこな客が帰ってから、神田笹鮨はとてもオープン・マインドで迎えてくれた。
ちょうど並握りを食べ終えて、適当に握ってもらおうと、コハダを注文しようと声をかけた。
「コハダは先週で終わりました。ジンタがおいしいですよ」
コノシロに対してコハダ、アジに対してジンタ。
本当においしかった。
コハダは一瞬の季節もの。
終わったら1年後なのかと思っていたが、もっとおいしいものが次の時期に待っていたなんて。
しかもコハダのように切れ切れじゃなくて、一匹で美しく巻いてある。
「キレイでしょ。これをやりたくてね」
なんてこった。
ホタテありますか?
「いまはね、これ」
これがすばらしかった。
タイラ貝。
食感といい味といい香りといいホタテのはるか上。
「歯ざわり、最高でしょ?」
最高です、ホント、スゴイです、これ。
そう言うと、おやじさんはビッグ・スマイルだ。
「これも食べてみる? 〆たタイ」
タイ、サヨリ、ジンタ、サーモン、結局〆ものだけでこんなに食べてしまった。
だって〆方が絶妙なんだもん。
あれもおいしいこれもおいしいって誘うんだもん。
このお店、おいてあるネタは旬のものばかり。
旬のものしか出さない。
天然ものしか出さない。
仕事をしていない魚も出さない。
だから、いまここに置いてある魚は、魚の中の魚。
ベスト・コンディション。
もしかしたら今後1年食べることができないかもしれない。
そんなありがたい魚たちだ。
そんなに寿司に詳しいわけじゃないが、仕事をしてあるのは素人でもわかる。
たとえば〆方ひとつとっても、たぶん尋常じゃないだろうな、ということがわかる。
寿司というのはお米と酢と生魚で作られるひとつの作品。
さっきのタイラ貝にしても、あんなにプリプリしているネタを乗せているのに、身は酢飯にしっかりくっついて、適度に圧がかけられてうまい具合にしまっている。
この握り込みがなくっちゃただの刺身ご飯だ。
ネタのつかり具合、酢飯の味、手の温度、湿度、そんなものを総合的に判断して一個一個最高の握りを仕上げる。
ベストの魚たちを最高の技術で仕上げて作品にする。
正直なところ、たとえばマグロに関していえば、実家近くの焼津港で食べられる1カン2千円も3千円もする本マグロの方が刺身としては上だ。
でも、寿司としてはこの店にはかなわない。
なぜ寿司にしなくちゃならないのか?
そりゃ寿司にした方がうまいからだ。
(じゃあ最高級のマグロで握ってもらったらどうなるのだろうとは考える。それはもう超高級店の領域に入っていくのだろう)
「だいたい3か月でネタが完全に入れ替わるから、3か月後にきたらまた新しい魚が楽しめるよ」
行きます行きます。
恐ろしかったのが会計。
あれこれすすめるものだから恐ろしいほど食べてしまって、予算の倍はいくかと覚悟していたが、予算の半分ちょっとですみました。
こうしてお気に入りのお寿司屋さんができた。
3か月に一度といわず、ちょくちょく通いたいと思う。
あ、でもネタ勝負の店も探してみたいな。
季節の変わり目に、まずは寿司で季節を感じとる。
そんなライフスタイルを目指してみようか。
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