グルメ2:燗のエクスタシー
職人は意味を追究する。
なぜワインを飲むときスワーリングする(グラスを回す)のか?
香りが立つからだ。
なぜ脂ののっていない初鰹を出すのか?
春の香りに心が浮くからだ。
では、なぜ日本酒を「燗」するのか?
「このブルーチーズにあう日本酒を」
日本酒ライターがぶち上げた。
店員は日本酒の好みを聞くと、一升瓶を何本か取り出して、混ぜ合わせて香りを嗅ぐ。
しばらく繰り返して納得すると、どうこで湯煎だ。
その動きはまるでブレンデッド・ウイスキーのブレンダー。
食い入るように見ていると、しばらくしてできあがり。
「どうぞ」
ブルーチーズを食べて日本酒で流す。
驚いた。
あとで店員は混ぜ合わせた日本酒のいくつかを試飲させてくれたが、香りも酸味もキツくて飲めないほど。
ところがブルーチーズとあわせると、チーズの獣臭やカビの刺々しさが取れて丸くなり、クリーミーな甘さがやわらかく広がる。
1+1が4にも5にもなるマジック。
マリアージュだ。
「日本酒は燗するな」。
一理あると思う。
たいていのうま味成分や香りの成分は温度を上げると活性するらしいが、マズイ酒の温度を上げると安酒特有のアルコール臭が活性して、マズさも強調されてしまう。
そのうえ、いい日本酒でも温めすぎると味も香りも吹き飛んでしまうし、酸っぱくなったりえぐくなったりすることすらある。
ここの店員がやったことはおそらく、まず、料理の悪い部分を殺し、よい部分を引き出す日本酒のイメージを固めること。
そしてそれに近い日本酒を、ブレンドして作り上げること。
さらに、そのブレンドしたお酒の特徴を活かしきる最適な温度を考えて、その温度に調節すること。
キノコやらウルカやら刺身を頼むと、今度はそれに合わせてガラス細工のような日本酒を冷で出してくる。
これがうまいんだという信念に満ちている。
なぜ燗するのか?
うまいからだ。
燗してはいけないって言うじゃないか?
飲んでみな。
何ものにも媚びず、燗することの意味を追究する。
本来は、きっとそんなに難しいことじゃない。
ただ感じればいいだけ。
そして感じ取れたとき、ふたりは世界を共有する。
調べてみると、燗の温度ひとつとってもこれだけの用語があるらしい。
飛びきり燗 55度前後
熱燗 50度前後
上燗 45度前後
ぬる燗 40度前後
人肌燗 35度前後
日向燗 30度前後
さっそく湯燗とっくりを買ってきた。
あの店員の世界を、もう少し味わいたい。
P.S.
再訪したとき、ある日本酒をグラス(シャンパン・グラスのような)とおちょこ(磁器)に入れて「飲み比べてください」ときた。
なんと、グラスの方がまるく、おちょこの方がエッジが効く。
なぜ? なぜなんだ?
その後、今度はスズでできたチロリに入れて、すぐにおちょこに入れ替える。
「味、変わるでしょ?」
スゲー、やっぱりスゲーよ、この店。
P.S.
その後、店がかなり変わってしまったので店名を伏せることにしました。
非常に残念。