グルメ13:旬の力、場の力 ~上海蟹~
「九圓十尖」
9月はメス、10月はオスという意味らしい。
大閘蟹(ダァジァシェ)、上海蟹のことだ。
10月に上海に行った。
食べるしかないっしょ。
上海にはいくつか上海蟹専門店がある。
わかりやすい場所にあったので、どのガイドブックにも載っている成隆行蟹王府に行ってみた。
感動した。
大学から就職後5年間まで、延べ10年横浜に住んでいた。
中華街にはほんと、よく行った。
上海蟹も何度か食べた。
でも正直おいしいと思ったことは一度もなかった。
しかし。
本当に感動しました、今回の上海蟹には。
旬の力、場の力というのがいかに偉大なものか……
上海蟹の旬はわかりやすい。
ようするに、メスの蟹黄(内子。卵巣)か、オスの蟹膏(精巣)か。
卵か白子か。
ぶっちゃけ、身ってそんなにうまいか?
もちろん悪くはないんだけれど、あんなちっちゃいし、あの値段だし……
上海蟹の真髄を味わったわけではないと思う。
ただ、これまでの上海蟹経験からの結論は、上海蟹は卵か白子。
特に白子。
こいつは本当にスゲー。
まぁ値段も本当にスゲかったけど。
どんだけ異常な値段かというと――
上海のその辺の食堂で回鍋肉(ホイコウロウ)や青椒肉絲用(チンジャオロース)を食べる。
10~15元程度、日本円で200円前後だ。
今回食べた上海蟹、メスが400元6,000円、オスが250元4,000円。
しかもとっても小さい。
日本で定食を食べたとする。
定食が普通でまぁ600円とする。
上海蟹はその400/10~15倍の価値があったわけだから、物価比で換算すると1匹2万円前後の値段だったことになる。
なんじゃそりゃ?
メスはともかく、オスにはたしかにそれだけの価値があると思う。
羊の脳や鱈の白子を何十倍も濃厚にしたような、でも臭みもなく、苦味もなく。
人間なんかを除いて、動物には普通発情期というものがある。
その期間を除いて、動物たちは子孫を残そうとしない。
逆に言えば、その期間に動物たちは命をかける。
卵を産んで力尽きて死ぬ動物はたくさんいる。
その命をいただく。
うまい!
うまいわけだ。
だって命そのものなんだから。
残酷だって?
それが「生きる」ってこと。
動物たちの命の力。
それが旬の力。
そして動物たちは命にふさわしい場所を選んで子孫を残す。
それが場の力。
上海蟹の旬の力と、あの辺りの場の力。
本当の上海蟹を味わいたければ、9~11月の上海を訪れるしかないってことだ。
もっとも旬の力、場の力をなんとか補おうと、人類は様々な調理法を編み出してきたのだけれど。
地産地消――
その地で生産するものをその地で消費する。
最近は経済格差だのフードマイレージだの経済面から語られることが多い言葉だけれど、本当はそんなに難しい話じゃない。
旬の力、場の力。
本物の命を味わえば、地産地消がいちばんだなんてこと、誰にだってわかる。
それを環境だの経済だのと、なんて回りくどい。
ただただ体験しさえすれば。
すなおに感じさえすれば、ね。